見出し画像

俺はどうすりゃよかったんだ

十月の朔日のことであるがサザンオールスターズが行った茅ヶ崎ライブの映画館に於けるライブビューイングに行ってきた。
コンサートなどというのは現地で鑑賞するのが一等良いに決まっておるが、その次に良いのは大きなスクリーンと音響設備の整った劇場でのライブビューイングかもしれぬ。五年前、サザン40周年のコンサート「ちょっとエッチなラララのおじさん」も劇場でみてそう思ったので今回も行くことにした。

しかし今回は残念であった。

サザンオールスターズの演奏が良くなかったのか? 選曲が好みではなかったのか? いや、そうではない。というか、演奏がどんな塩梅であったのかも演奏曲も、今やぼんやりとしか思い出すことが出来ぬのである。これは運命の悪戯としか呼ばぬものであり、決して交わってはならぬ二本の直線が交差した時、悲劇が生まれたのである。

私の隣の座席にいたのは50代と思しき女性。
はじまるやいなや右へ左へ身体を揺さぶり、サザンオールスターズの演奏に大いに乗っていた。はは、善き哉善き哉。といつまでも思っていられなかったのは、彼女が桑田佳祐氏の歌唱に合わせ自らもまた歌い始めたからである。
彼女の身振りと歌声が気になって集中出来ないまま、コンサートは進んで行く。
しかも「いとしのエリー」といったバラッドなんかも歌ってしまうのである。

みなさんライブ版「いとしのエリー」の大サビを脳内再生してほしい。

エーーリーー、マイラアーァーァーァーーヴ、
(キーボードの余韻だけが残り、会場の静寂が聞こえる)
エーーーーーゥリィーーーー
(松田弘氏のドラムが歌に絡み合う)

ここも歌うのである。

「俺はお前の歌を聞きにきた訳じゃねー、桑田佳祐の歌が聞きたいんじゃー」とさすがの私も耐えられなくなり、中途、その女性に「すみませんが、大きな声で歌うのはちょっと控えてもらえませんか?」と声をかけた。
すると彼女は「あ、すいません」と言って静かになった。というかしゅるしゅると縮んでいった。

すると今度は縮んで行く様が気になってしょうがなくなり、「あれ、なんか悪いこと言ったかな」「こっちがオトナゲなかったのだろうか」など、そんなことばかり考えていたらコンサートが終了した。

帰り道、数駅手前で電車を下車し、歩いて帰った。
あのおばさんのことはなに一つ知らぬが、もしかしたら日々の仕事の疲れ、上司との軋轢、同僚との諍い、親の介護問題、とかそんなものを抱え、でも大丈夫!これまで何度もサザンの音楽に救われてきたんだもの、今日はすべて忘れてサザンを楽しもう!と思って会場に足を運んだかもしれず、気持ちよく歌わしてやりゃあ良かったんかなあ、けどなあ、それじゃ俺が楽しめないじゃあないか、俺だっておんなじ額払ってんだから言う権利はあるだろ、でも、あの時言っても言わなくても結局なんかいやーな感じで終わることになったんじゃないだろうか、じゃあ俺はどうすりゃよかったんだ?

コンビニエンス・ストアで買ったアイスコーヒーを飲みながら、てくてく歩き、私の思考は斯様に巡っていった。
いつもよりコーヒーが苦い気がして夏が終わった。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?