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ルーヴル美術館展 2018年6月22日

初投稿。
当面はぐぐたすに投稿してきた記事をコピペします。

こういう展覧会を観るといつも思うし言っているけど、
本場に行かないとダメですね。
日本で展示されるのは、本場所蔵品の一部の一部の一部の一部の一部。
現地だって、その時展示されているのは保有している物のほんの一部だけではあるけど、日本での展示数に比べれば桁違いに多い。

全体的に、
  よくぞここまできれいに保存してきたな、
と感嘆しました。
感心するじゃなくて「感嘆」。
もちろん、修復したものも多数あるとは思いますが、
それにしても・・・

気に入った展示物は次の通り。

「棺に由来するマスク」
新王国時代、第18王朝、アメンヘテブ3世の治世(前1391-前1353)
木、黒色・白色の石、青色のガラス

 死後の理想の姿(顔)を表わしているそうですが、
 桁違いの美人ですなぁ~。
 これに匹敵するのはエリザベス・テイラーでしょう。

「狩りの女神ディアナとして表された若い娘の肖像」
150-170年、大理石、高さ187cm

 何と力強い像でしょう。
 左手で弓本体の握りをしっかりと握り締め、右手は矢を正に取らんとするところです。かと言って、慌ただしい様子は全くなく、非常に落ち着いた気持ちであることが分かります。
 故人である若い女性に対して女神が持つ性質(永遠の純潔)を与えることを意味しているそうです。
 このような肖像は男性を表わしたものが多いと思いますが、若い女性を、それも狩りの場面で逞しく表現しているのが珍しいと思います。
 単に美しいだけでなく、全身に漲る内面のエネルギーを感じさせてくれる像でした。

「ブルボン侯爵夫人、次いでブローニュおよびオーヴェルニュ伯爵夫人ジャンヌ・ド・ブルボン=ヴァンドーム(1465-1511)」
1510-1530年頃、石

 このグロテスクな様をわざわざ石像にしなくてもいいじゃん、という像です。
 立像なので、亡くなった自分自身(亡骸)を客観的に見下ろしている様は異様です。それは、貴族であった自分の人生の中に、ちょっとだけ後悔する部分、釈然としない部分があったことを表わしているのではないかと思いました。
 黒死病(ペスト)が流行した時代背景があるにしても、死んでしまえば貴賤は関係ないでしょ、という意味合いがあるというのも面白い。

「マラーの死」
ジャック=ルイ・ダヴィッド(1748-1825)と工房
1794年頃、油彩/カンヴァス

 非常に有名な画らしいです。そう言われてみるとどこかで見たような。
 画の上半分が暗い闇だけであり、下半分にいるマラーの姿が浮かび上がってきます。
 好きな画ではないけれど、マラーの死を描く目的とその表現方法とがハッキリしていて上手いなと感じた次第です。

「トガをまとったティベリウス帝の彫像」
40年頃(頭部)、50-60年頃(身体)、大理石

 (統治する国・地域のトップに立ったら)権力の象徴として、このようなものを作れよ、というお手本みたいな像です。
 臣民に有無を言わせないのは勿論、100%上から目線の姿をしています。その是非を言っても仕方のないことで、当時の世界(テレビもネットも無いよ)では統治のために必要不可欠なものだったと理解します。

「戴冠式の正装のナポレオンⅠ世の肖像」
アンヌ=ルイ・ジロデ・ド・ルシー=トリオゾン(1767-1824)の工房
1812年以降、油彩/カンヴァス

 今回の展覧会の主役の一人、ナポレオンの肖像です。
 (私にとって)ナポレオン自身はどうでもよくて、マントの赤色(ワインレッド)の美しさに目が釘付けになりました。この色を表現する言葉を知らず、歯がゆい思いです。画は検索すれば出て来るでしょうけど、実物とは全く異なる色となるでしょう。
 私はこの画を観るために、会場内を2回引き返しました。

「戴冠式の正装のナポレオンⅠ世」
クロード・ラメ(1754-1838)
1813年、大理石

 こちらは高さ210cmの堂々たる彫刻です。
 マントの微細な彫刻に息を呑みます。一方、厳粛さを前面に出しているとのことで、冷徹な印象も受けます。権威の象徴ではあるのでしょうけれども、一歩間違えると裸の王様になりかねない、そんな雰囲気も感じられます。

「「国王の嗅ぎタバコ入れ」のためのミニアチュール48点」
マリー=ヴィクトワール・ジャトコ(1772-1855)
1818-1836年、硬質磁器、金鍍金されたブロンズ
(ミニアチュール)各6.9×5.6cm

 今回の展覧会で一番美しかった。
 「眩い」という言葉はこのためにあると言ってもいいくらい。48点揃っているところに価値があるのは勿論。
 私の乏しい語彙ではこれ以上表現できません・・・
 もし売ると言ったら買いたいと思います。
 ・・・思うだけです。
 (女性が宝石に魂を奪われる気持ちが分かる気がします。)

「エカチェリーナ・ヴァシリエヴナ・スカヴロンスキー伯爵夫人(1761-1829)の肖像」
エリザベート・ルイーズ・ヴィジェ・ル・ブラン(1755-1842)
1796年、油彩/カンヴァス

 描かれているのはサンクトペテルブルクの夫人だそうです。丸顔で若く、とても可愛らしい女性です。夫人というよりはどこかの美少女を連れてきた、と言っても通用する画です。恐らく日本人も好む顔立ちだと思います。

 今回は肖像という切り口での展覧会でした。
 個別の展示品の好き嫌いは別として、昔は権力者しか肖像を作ることはできなかったけれど、近世になるにつれて、庶民にまでそれが広まったという解説が面白かったです。一例として、モデルがどこの誰だか分からないようなもの(※)まであります。また、家族を描かせているものも複数ありました。

 権力者が肖像を作らせるのは、統治のため(自己顕示欲のため)と、宗教(儀式)のためという2つの目的を持っていたようです。
 (権力者のように)圧倒的な力を用いればそれ相応のものが残るし、(ある程度金持ちの庶民の如く)中途半端な力ではそれなりのものが残るし。これは古代から続く人間社会の真理ではないかと思いました。

※「通称<フェズリエ爺さん>」
 フランスの画家?
 19世紀初頭、油彩/カンヴァス

あんまり面白かったんで、もう一回観に行こうかと思います。