見出し画像

うまくいかない時は基礎

新しい作品づくりを試みようと、情報や知識をインプットしている。
興味のある分野の本を買って読んだり、YouTubeで専門家の話を聞いたり。
いざ、アイディア出しになると、うーんうーんと頭を悩ませる。
さっぱり手が動いてくれない。
ああでもない、こうでもない。
あれもボツ、これも使えない。
気がつけば、鈴木雅之の名曲「違う、そうじゃない」をリピートして聴いていたりする。

アイディアを出す環境については、リラックスしている時、何度でもいくらでも失敗していい環境が、理想的だと思う。
そうじゃないと、アイディアを生み出そうとする脳が委縮してしまって、思い浮かぶものも思い浮かばなくなるのだ。

うまくいかないのは確かにつらいが、失敗をしないと成功はつかめない。
トライ・アンド・エラー。その繰り返しだ。

相棒いわく、「うまくいかない時は、基礎が足りていないからです」。
推進力が欠けた状態になっているのには、何か基礎的な設定や力が足りていないことが、原因として考えられると言うのだ。

例えば、面白いと思えるアイディアはあるのに、どういうものにしたいというゴールは描けていないとか。
ジャンルの引き出しを制限しているとか。
キャラクターを、個人的に全然感情移入できない性格にしているとか。

あまりにもアイディアが膨らまないので、私と相棒で、ちょっとしたアイディア出しの遊びをしたことがある。
名付けて「物語パズル」だ。

子供の頃、「いつ、どこで、誰が、何をした」という遊びをしたことがあるだろうか?
何人かで、それぞれの項目を紙に書いて、書いた部分を折る。そして次の人に渡す。最後まで書き終わって、開いてみると、奇想天外なストーリーになっているという遊びだ。

「物語パズル」は、要領は量はあれと同じ。
まず、物語に組み込みたい要素、キーワードを、交互に出し合っていく。一人一つでもいい。抽象的でもいい。好きなものを選ぼう。
それを手掛かりに、テーマやコンセプト、キャラクターなど、具体的な設定を決めていく。

そうやって出来上がったストーリーは、実現可能性など度外視した、新奇性に満ちたものになるわけだ。

「本当はこういうものが書きたい」という、隠した欲求があるとする。
だが、それを実現可能性というやつが、潰しにかかってくる。
自分にはできない。書く力が足りていない。頑張っても書けない。
そういうふうに可能性に歯止めをかけてしまうと、大きなチャンスロスだと思う。

もしかしたら新しい自分の可能性を発掘できるかもしれない。
誰も挑戦や失敗をとがめてくる人などいないのだから、安心して挑戦しよう。
それで、自分の実力不足を痛感してしまったら。
基礎的な知識や技術を、補えばいい。
せっかく思い浮かんだ、大切なアイディアだ。大切に育てよう。

そんなこんなで、基礎固めをしているので、今日も私は、創作が遅々として進まない。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?