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書物とは何か?-TEXT, PARATEXT, CONTEXT-

現在、アカデミーヒルズのエントランスショーケースでは、慶應義塾大学名誉教授の松田隆美先生による「もっとも書物らしい書物-西洋中世写本の魅力に触れる書籍案内-」を展示しています。

そして関連イベントとして、「書物とは何か? -西洋中世写本から考える書物の未来-」をテーマに、松田隆美先生の講演会を開催しました。前半は書物の歴史、後半は書物とは何か、そして書物の未来についてお話しいただきました。
ご講演の内容を紹介します。

「もの」としての書物

私たちが慣れ親しんでいる書物のかたち、“綴じられた紙葉に表裏表紙をつけて製本した縦長の長方形”は、西洋の中世において完成しました。長方形になった理由は、⽺⽪紙を提供する四つ足の動物がもともと長方形の体型をしているからだそうです。それが今でも書物の基本形として引き継がれている訳です。
また、上質な羊皮紙はパピルスや紙よりも耐久性等に優れているので高価な上に、書物として完成させるには人件費や絵具などの材料費がかかり、中世の終わりの羊皮紙の書物1冊の価格は、現代に換算すると中古車1台分ぐらいだったそうです。
その後、グーテンベルグによる活版印刷技術と、同時期(15世紀)に発展した版画技術との協働によって、手書き写本は活版印刷本に100年程度の期間を経て凌駕されますが、重要で長く保管される文書類には、19世紀まで羊皮紙も使用されていました。

ところで、12世紀ごろの手書き写本は修道士の仕事の一つで、修道院が工房を主に担っていましたが、その後民間にも工房が広がりました。当時の工房は、現在の出版、印刷、本屋を兼ね備えた存在でした。

そして、書物は写本、絵付け、製本などの分業による手作業で作られていたので、手作りの工芸品としての個性が際立っていました。
下の画像は、松田先生のプレゼンテーション資料の1枚ですが、右上はとても小さな豆本、右下は8世紀ごろの聖書ですが34㎏もある大型本です。左下はハート型、左上は豪華に装飾された本で、個性的な書物が沢山ありました。

右上は豆本、右下は大型本、左下はハート型、左上は豪華な装飾された書物
(松田先生のプレゼンテーション資料より)

「メディア」としての書物

13世紀のドミニコ会修道士のヴァンサン・ド・ボーヴェは、ルイ9世の命を受けて、『自然の鑑』、『諸学の鑑』、『歴史の鑑』の3部作の『大いなる鏡』を編纂しました。今で言うところの百科事典になります。それによって、書物はアーカイブとしての機能を兼ね備えました。
その結果、情報へのアクセスのしやすさ(情報検索)が必要になりますが、旧約聖書外典『シラ書(集会の書)』には、「隠された知恵とうずもれた宝、それが何の役にたつのか」という記載があるそうです。速やかな情報検索は昔からの人類の課題だったことが分かります。

一方でフランスの文学理論家のジェラール・ジェネットは、著書『スイユ -テクストから書物へ』の中で、テクストが書物になるために必要なものをパラテクストと表現しています。
私たちが書物を読むとき、本文(テキスト)だけを読んでいるのではなく、表紙のタイトルや著者名、または帯のコピーなどを含めた書物の総体に触れています。それが、本文(テキスト)という明確な領域から、パラテクストという曖昧な領域への拡がりです。
また、フランスの歴史家のロジェ・シャルチエは、著書『書物から読書へ』の中で、「書物とは、歴史のなかで常に変化している文化的実践」と説明しています。

そこで松田先生は、三重の同心円(下記の図)をもとに、以下のように説明されました。


まず最初にTEXTが存在をして、TEXTが書物になるためにはPARATEXTが必要です。どのような紙にするか、書体、装丁などの要素が加わり書物になります。その上に、読者が作り出すCONTEXTがそれらを取り囲んでいると捉えます。
CONTEXTがあるからこそ、歴史の中で常に変化する文化的実践になると考えています。書物は読者に読まれることによって、色々な情報を付与されます。例えば、読者による評判や書評などです。書物はこのような付加情報により常に変化するとともに、人々や社会へ影響を与える訳です。CONTEXTは常に書物を更新しつづけて四次元的なものにしているとみることができます。


中央にTEXT、その周りにPARATEXT、外円にCONTEXTの三重の同心円
(松田先生のプレゼンテーション資料より)

そして、最後に松田先生は、これからの書物の在り方についてお話されました。


デジタルはCONTEXTを得意とします。例えば、“この部分に線を引いた人は●人です”というような情報共有はデジタルが得意とするところですが、PARATEXTは不得意と言われています。しかしながら、個人的にデジタルの最大の短所は、記憶に残りにくいことだと考えます。
記憶とは空間的・身体的なもので、紙の本であれば、この情報はどのあたりに書かれていたか、という空間的に捉えることができるので記憶に残りますが、デジタルは不得意とする点ではないでしょうか。
このようにメディアによって特徴があるので、「デジタルかアナログか?」という二項対立の考え方ではなく、メディアリテラシーを養うことが大切です。
メディアリテラシーとは、アナログであれデジタルであれ、各々の得意とするPARATEXTを見つけて、それを保持していけることではないかと考えます。


松田先生は文学部で長年教鞭を取られてきましたが、文学部とはプロの読者を育てることだと考えられていたそうです。正にメディアリテラシーを養うことです。

書物の歴史は、「手書き本→印刷本→デジタル本」と移り変わっていますが、それはモノ(形態)としての書物の変化です。
「書物とは何か?」という問いに対して、「TEXT→PARATEXT→CONTEXT」により成り立つ、歴史のなかで常に変化している文化的実践が書物の本質ではないか、という松田先生の投げかけは、モノ(形態)としての書物に注目が集まる傾向にある中で、我々の書物に対する視座を高めてくれる考えでした。
(文責:アカデミーヒルズ 熊田ふみ子)


※アカデミーヒルズのエントランスショーケース「もっとも書物らしい書物-西洋中世写本の魅力に触れる書籍案内-」は、12月中旬(予定)まで開催をしています。是非、お越しください。


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