助産師なのに、母乳育児がうまくいかない。

出産してから1ヶ月。長いような短いような、なんとも言えない濃い時間だった。母乳育児に苦労した(今も継続して苦労中)思い出をつらつらと。

出産して、すぐに母子同室を開始した。お産が割と順調で体力が残っていたし、何より息子がふにゃふにゃで可愛くて可愛くて、預けて離れるということが考えられなかった。
よく泣く子だった。泣いたら授乳、ずっと授乳。
ごはんも抱っこしながら食べたし、寝っころがりながらずっと授乳していた。
出産のとき、息子の頭が大きかったから会陰が切れた痛みがあって、疲労や貧血もあったから体はしんどかったけど、不思議なくらい幸福感に包まれていて、とにかく幸せだった。

出産時の体重はぎりぎり平均内というくらい大きかった息子。食欲旺盛で常に授乳、授乳、授乳。それでも私のおっぱいは全くでなかった。
最初でないことは割と普通だ、みんなそんなもん。頻回に吸わせているうちにその刺激でおっぱいがでてくる、それがセオリー。
でも私のおっぱいは3日たっても4日たっても滲みもしなかった。
こんなに吸わせてるのになんでだろう・・・少し不安になったけど、まぁそれでもそのうち出るだろうと思っていた。
生後2日目、息子の体重が出生時の7%減少した。大きい子だったし、低血糖になっても嫌だな・・・体もしんどいからミルクを足そう。自分なりに色々考えてミルクを足すことにした。

乳頭混乱(哺乳瓶からミルクを飲むことに慣れてしまい、直接授乳を拒否して哺乳瓶からしか飲まない状態)が怖くて、はじめは哺乳瓶を使わずに小さなカップでミルクをあげていた。カップで上手に飲む息子、でもよくこぼす。こぼすから時間がかかる、どのくらい飲んだのかよくわからない・・・だんだんと疲れがたまってきて、哺乳瓶を使うことに決めた。

哺乳瓶を使い始めてからも、最初は問題なかった。3日目の夜にはおっぱいが張って少し母乳が滲んできた。このまま頑張っていたらきっとでるはず。そう思いながら4日目の朝、退院した。

生後10日頃から、乳頭混乱が始まった。乳頭混乱とは哺乳瓶でミルクを飲むことを好むようになってしまい、うまく直接授乳できない状態のことをいう。

おっぱいをくわえさせようとすると、大泣きして首を振る。それはまるで私のことを拒否しているようで、そんなことないとわかっていても切なかった。
2~3時間毎に起きて、泣く。抱っこしてないと泣く。でもおっぱいは吸わない、哺乳瓶のミルクは飲む。
泣いている息子を見て私も泣いていた。ストレスからか食事が食べられなくなって、あっというまに3㎏やせた。母乳のために食べなきゃと思うのに、食べられない。
頑張って搾乳しても、5mlとれるかとれないか。
本当に辛くて辛くて、体調もあまり優れないし、どんどん気持ちの落ち込みは加速していった。

辛くて辛くて耐えられなくなって、先輩に勧められた助産院に行った。少し話をしただけで泣き出してしまった私を見たその助産師さんは、母乳がでるようにお薬を出してもらおうと言って近くのクリニックを紹介してくれた。
そのお薬はメンタル面にも効果があるとのことで、処方してもらって飲むことになった。
たぶん見るからに私の精神状態がぼろぼろだったから、それもあって薬を勧めてくれたんだと思う。

「私の顔を見ただけで泣いてるくらいなんだから、相当まいってるよ」と助産師さんは言った。
言われた通りに薬を飲んでも、たいした母乳量は増えなかった。
でも飲み続けた。あまり聞いたことのない処方内容だったけど、調べたかんじ大きな害はなさそうだったし、とにかく母乳が増えてほしかった。

母乳がよく出るハーブティーも試した。ハーブティーなんておまじないみたいなもので効かないって思っていたけど、結局2種類も買った。
ハーブティーの存在を否定するわけではないが、絶妙な値段設定だなと思う。そのへんのお茶よりも値段は明らかに高い、外国の高級紅茶くらい高い。でも買えない値段でもない。
もともとは全然飲むつもりも全くなかったのに、藁にもすがる思いとはこのことで、せっせとハーブティーも飲んだ。

いわゆるおっぱいマッサージにも通った。これも元々私の中で、マッサージ=とっても上手な1回の搾乳という認識だった。
通ったからってすぐに母乳がでるわけではない、よくわかっている。
それでも何かできることをと思ってマッサージに行った。
けれど、そんなに母乳はでるようにならなかった。


他にもできることをと思って、搾乳も頑張った。手で搾るのが大変で電動の搾乳機も買った。両方同時に搾乳した方が分泌量があがるから、結局両方できる医療用のものもレンタルした。これは少しは効果があって、分泌量は増えたけど、母乳だけで息子のおなかをいっぱいにできるほどにはならなかった。

辛かった。努力しても努力しても、息子が満足できるほど母乳はでない。
息子は母乳を拒否したけれど、眠いときや気が向いたときには飲んでくれた。その度に、胸が苦しくなるほど辛くなったり、安堵したりを繰り返していた。精神的にまいっていくのを感じた。

ここまで私を母乳育児に執着させるものは何なのだろうか。
免疫や消化のことを考えると息子のため。
Ⅱ型糖尿病や骨粗鬆症の発症を抑える、ダイエットなど自分の身体のため。
でもきっと一番は、私にとっての母乳育児=自分にしかできない特別なことで、それをどうしても息子にしてあげたかったんだと思う。

SNSを見ていると、乳頭混乱で直母拒否になってしまったから、母乳分泌が少なかったからと完全ミルクに切り替える人が多くいた。
母乳がでていても、乳房トラブルや頻回授乳の辛さでミルクにする人もたくさんいる。私が働いている病院では、1ヶ月健診で母乳育児をしている人が多かったが、思っているよりも世間では母乳育児だけでやっている人がそう多くないことを感じた。

それから、今の世の中には母乳にこだわらないでミルクでもいいじゃん、という風潮があるように思っていた。
そして母乳育児支援者として、それはある意味母乳育児をする人たちを追い詰めたり、母乳にこだわるなというメッセージにさえなりえるのではと危機感をもっていた。
母乳育児を応援したい、正しい知識と支援があれば母乳育児を軌道に乗せるのはそんなに難しいことではない。
母乳育児が難しいものになってしまっているのは、専門職者の支援が不足しているから。
今でももちろんこの思いは変わっていない。

でも自分がこういう立場になってわかった。
母乳にこだわらないで、ミルクでも問題ないよ、とメッセージを送りたくなるほど、母乳育児に深刻に悩んでいる人は多い。
また、色々な理由をもってミルクにした人でも、母乳育児をしていないことに対して、感じる必要がない引け目を感じている人がたくさんいるのではないだろうか。
私自身、母乳がでないことに母親としてのふがいなさを感じ、頭ではそんなことは必要ないとわかっているのに、心は自分を責める気持ちが大きかった。
それはとても辛く、時にはSNSで母乳を推進するコメントを見るだけで辛かったし、嫉妬の気持ちでイライラすることもあった。
特に専門家ではない人が、母乳の素晴らしさや母乳にするのは難しくないと語っているのを見ると深く傷ついて、自分の経験だけで簡単に語らないでと思ったこともあった。
それくらい追い詰められていたんだと思う。
きちんとした支援を受けられず、何が何だかわからないまま母乳育児がうまくいかなかった、頑張ったのに母乳にできなかった、そう思う人がたくさんいた結果、ミルクでもいいよ、母乳にこだわりすぎないでというメッセージがうまれたのかなと思った。

毎日、母乳のことで泣いている私に、夫はきっとそんなに母乳にこだわらないでと言いたかったと思う。
でも一度もそんなことを言わず、ずっと私のしたいようにさせてくれ、寄り添ってくれた。
これは本当に感謝していて、今でも涙がでそうになる。
あのときもし母乳にこだわるなと言われていたら、やりたいだけ頑張っていなかったら・・・きっと今もずっと後悔していたに違いない。
正直、私は今でもミルクとの混合栄養で、少しずつ母乳の出も悪くなっているし、まだ全然自分の中で気持ちの整理がついていない。
未だに完全母乳育児をしている人がうらやましいし、切なくなって泣けるときもある。(そもそも混合栄養だって少しでも母乳をあげていたら立派な母乳育児なのに、やっぱり母乳だけで育てることに憧れてしまう矛盾した私)
でも私は頑張ったから。もうこれ以上ないくらい頑張ったから。きっといつか気持ちに整理がつくと思っている。

だから、今母乳で悩んでいる人に伝えたいことは、納得するまでやったらいいんだよということ。
ミルクにしても、混合にしても、母乳だけにしても、赤ちゃんが元気に育っているなら全部正解だし、自分で決めていい。
逆に言うと、自分で納得して決めた結果じゃないと小さなしこりになって心に残るのかなと思ったりもする。
小さなしこりは、少しずつ積み重なって、心がしんどいときに急にでてきたりする。だからなるべくしこりを残さないようにした方がいい。

あとは、母乳育児って一人で頑張るのがとてもしんどいということ。
やっぱり誰か専門家についてもらった方がいいなって思う。
どうか母乳育児で苦しむ人が一人でも減りますように。
そして私も誰かの役に立てるようになりたいなって思う。



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