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太陽の国 月の裏側

 月は自転と公転が同期し常に地球に同じ側を向けているため、裏側の大部分は地球からは全くみえないそうである。

 私は青島が好きだ。今住んでいるアパートからそう遠くないので、レクの時間や土日によく看護士さんに連れて行ってもらっている。対岸から島を眺めていると、さすがは神が宿る島といった感じに何とも言えない迫力がある。そう地元の人に話したら、皆さん見慣れているせいか特に何も感じないとのことだった。宮崎県にいて思うことは、その太陽の眩しさと何より人の暖かさである。南に行くほど気候が温暖になり、人は穏やかになるとどこかできいたことがあったが、会う人会う人こうも皆良い人ばかりだとさすがに信じざるをえない。そして食べ物が美味しい。私は空港についてすぐにマンゴージュースをNさんからおごってもらったのだが、その太陽の恵みが濃縮されたような味に感動したものである。私は中学生の時に地理の授業で宮崎県といえば野菜の促成栽培と習った。促成栽培とは日照時間の長さを利用して野菜の成長を早め、出荷時期を普通とはずらす栽培方法のことである。そうすることで商品価値を高めるのだ。私は太陽を浴びるどころか成長する中で生き埋めにあったようなものなので、すくすくと成長する植物たちを羨ましく感じた。私もここで幼い頃から過ごすことができたら、病気にもならずに健やかに成長することができただろう。そう思えるぐらい今は平和で静かな暮らしを送っている。

 ここの暮らしを提供してくれている先生に私はとても感謝している。先生は平日は宮崎県のクリニックに勤め、土日は主に東京圏に赴きひきこもりのご家族との対話に努めている。そして当人を宮崎県に連れてくるのだ。Nさんも言われていたが、ひきこもりの子の治療にはその原因となった親と引き離すことが一番重要なのだそうだ。両者が共に暮らしていては何の進展もないどころか、どんどんひきこもりが長期化していく恐れもある。それにしても先生は変わった人である。もちろん優しい人なのだが、どこか人とはずれていて、それすらも風格というか味となっているところがなお面白い。ただ当然ではあるが、人としての器は常人のそれではないと思われる。

 ここにいる職員は調理の方も含め皆好きなのだが、特に事務員の女性で気の合う方がいる。彼女は私の書いたものを面白いと褒めてくれた。全部本当のことを書けば悲惨な内容になってしまうところを、そうは思わせないように語っているところや、使われている写真にセンスを感じるところなどを。そして1話1話に伏線が貼られているところも楽しみだよと伝えてくれた。そうなのだ。稚拙ではあるが、私は一応何らかのオチをつけることを毎回自分に課している。後で読み返したときにその方が面白いだろうと感じられるからである。

 それにしてもここに集う患者さんは私を含め、元気のない人が圧倒的に多い。それぞれに事情があるのだろうけど、私たちはさながら月の裏側の住人のようである。これといった社会参加もできずにひっそりと暮らす月の住人。しかしここに集う人たちは、学校の勉強もよくできる優秀な人が多いのだ。ただそれが私みたいに自分の為ではなく、誰か他の人の為になされた努力だったのだとしたら…。こんな生き方しかできない自分を悔しく思う気持ちも、きっとそれぞれにあるだろう。現に私の中には過去をやり直したいという気持ちが常にある。しかしそれはどうやっても叶わないことなのだ。色んな事に感謝して日々を過ごすしかない。気持ちが落ち込んだときには青島をみて。思う存分太陽の光を浴びて。

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