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【短編小説】ちょっと不思議なお兄さん 一(全七回)

 以前に投稿したものです。私的によく書けた方なので再投稿します。本当は新しいものが書けたら良いのですが😅

 「花音(かのん)、雨降ってきそうだから、洗濯物取り込んで」         
「えー、今いいところなのに。お母さんやりなよ」          
「お母さん今手が離せないのよ。今日は新一くんがくる日でしょう」   
「分かったよ」
 私はしぶしぶやりかけのゲームをセーブしてベランダに立った。本当に今にも雨が降り出しそうな曇り空である。私は慣れた手つきで洗濯物を取り込んだ。常日頃から仕事が忙しい母の手伝いをしている賜物である。母はお昼も済んだというところなのに、もう夕食の準備を始めている。この香りはおそらくトマトソースを仕込んでいるのだろう。新一が来る日、母は早くから台所に立った。

 そうこうしているうちにインターホンがなった。玄関先には新一がたっている。

「こんにちは」                        
 新一はいつもの通りリビングに現れると、母と私に挨拶して仏壇の父に手を合わせる。それが済むと兄の部屋に直行した。男同士つもる話でもあるのだろうか。二人は大変なゲーム好きで、新作のゲームをお互いに代わる代わる買っては楽しんでいた。中にはゾンビを打ち倒す系の怖いゲームもあって、私にはあの温厚な新一がそんなゲームを楽しんでいる姿がどうにも想像できないのだった。

 名取新一は兄の高校時代からの友人である。新一は背が高く顔立ちも整っている方なのだが、どこかあか抜けないというか絶妙に裾の丈が短いずぼんをそのままはいているような男子だった。兄とは高校のバレー部で意気投合したらしいが、どこがどう二人は通じ合ったのか分からないほど、彼らの性格はかけ離れていた。片や切れ者で皮肉屋として通っている私の兄。片や良い人を通り越して、もはやそのボケっぷりが堂に入っている新一。お互い自分にはないものに惹かれ合ったのだろうか。

 新一は西邦大学の「りがくぶ」に通う2年生である。兄とは未だに交流があって時折家にも遊びに来るのだが、算数の苦手な私はその度に彼に宿題をきいてまわった。兄はどちらかというと短気で、共に勉強していると必ず最後は喧嘩になるので私の方から新一ばかりを頼りにするようになっていったのである。彼は実際に教え方が上手かった。私がどうしても分からずに苦戦していた速さの問題を、学校の先生よりも分かりやすく説明してくれた時にはさすがの私も新一に対して尊敬の念を抱かずにはいられなかった。 

 「りがくぶ」というのが何をするところなのかは、私にはいまいち分からないが新一がかなり勉強のできる人であることは小学生の私にも理解できた。西邦大学は日本でも有数の知名度を誇る私立大学である。新一にどういう勉強をしているのかとたずねたことがある。その時彼はこう答えた。

「算数の勉強では、式を使って答えを導き出すだろう。僕たちはね、その式がどうやって成立するのか様々な角度から考える勉強をしているんだよ」
「それは何か生きるのに役立つの」
私はたずねた。

 「うーん。すぐに役にたつかは分からないけど、謎を解明していく面白さはあるかな」                         

 実際大学の勉強とはそういうものだと兄も言っていたので、それ以上の追求はやめておいた。

「花音ちゃんは将来なりたいものはないの」
「なりたいものはまだないな。でも普通のお母さんにはなりたくないな」
「普通のお母さんか。でもそれが一番難しかったりしてね」
 新一は訳が分からないという表情を浮かべる私をみながら、ふふっと微笑むのだった。

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