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エッセイ 空想を翼に乗せて

 社会科の資料集で初めてサモトラケのニケを見たとき私は何だか健気だなと感じた。勝利の女神ニケをモチーフにしたヘレニズム期のギリシャ彫刻。頭部と両腕が失われた状態で発見され、現在はルーブル美術館で所蔵されている。宗教観の対立により顔を削られ首や手を切り落とされてしまったニケ。

 歴史はタイムマシンに乗ってでしか変えられないからニケがそのままの形で発見されていたらまた違った感動を人々に与えていただろうなと感じる。それにしても不思議なことだ。ミロのヴィーナスしかり身体のある一部分が欠損していることにより、人々に空想の余地を与えるようになるとは作者本人も予想だにしなかっただろう。

 頭部のあるニケを私達が想像できないように、私には私の本来の信条や生き方がとてもあやふやなものになって、一個の人間として生きることがとても難しくなってしまった。ニケを初めて知った時はまだここまでおかしくはなかったのだけど。

 だから私は空想の中ではとびきりの美女をやっていいのだ。ニケはとびきりの美女だったに違いない。だって顔が欠損しててもあんなに美しいのだから。その優美な翼で今にも飛び立ちそうな姿をしているのだから。

 

 

 


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