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掌編小説 あの家に住む12匹の猫

 職場のKさんが自宅に猫を飼ってると知ったのはつい最近のことだ。着ているコートに猫毛がついていてそれを目ざとい同僚の女の子が見つけたのだ。
「あれ主任、猫なんて飼ってたんですね」
Kさんは「ああ」なんて気軽に答えた風を装っていたものの私にはどうにも声が震えているように感じた。
「どんな猫ですか」ときく女の子に「茶トラ」と応えるKさん。「名前は」「マロン」「女の子ですか?」「そう」

 普段愛想の良いKさんが言葉に詰まりがちになるのを怪訝に感じながらも私は聞き耳を立てていた。「妻が捨てられたのを拾ってきたんだ」「そうだったんですか奥様が」「そうなんだ。それが今や12匹の大所帯なんだ」「12匹!」「妻が次々と拾ってくるもんだから!」

 それはもう随分と立派なねこ屋敷だ。最初言葉に詰まりがちだったKさんがせきを切ったように喋りだすのを見て相当参ってるんだろうなと感じずにはいられなかった。

 奥様にやめろと言ったのだけど全く効き目なしと。さすがにこれ以上はやめてくれと言ったのだけどと。「あなたは猫ちゃんたちが可哀想には思わないの?」と問われると何も言えなくなってしまうと。

 それはもうなんというか動物愛護の心を超えて何かの精神的な病を奥様が患っているのではないだろうかと私は感じた。幸せそうに見える家庭にも色んな問題があるものなのだなぁと私は思う。だからうちで一匹飼いますよなどとは言えないのが悔しいところである。私は借家住まいだから。そう、私はKさんのことが好きなのだ。猫問題が離婚問題に発展したらいいのになんて思った私のほうが余程病んでる。そう。皆この世の中の人はどこか病んでる。ねぇ、マロン。





 

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