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林禮子のこと

わたしは、歴史に埋もれた「半有名人」(業界や地域、もしくは一時期だけ有名だった人の意。(c)小林昌樹さん)のことを調べたり書いたりしているが、本になるならないは別として、深掘り途中の気になる女性はまだまだたくさんいる。
そのうちの一人が「林禮子(はやしれいこ)」である。
まず、名前がいい。
実はこれペンネームで、女給時代に一皿のハヤシライスを夢見てつけたというから驚きである。
著作は自伝的小説『男』のみ。
出版した経緯は木村毅による「序」に詳しい。
「ある友人の紹介で、新橋の待合の女中をしていると云う女性が、一堆の原稿を持ち込」んできたそうで、一読して感心、数名の作家や批評家にも読ませて皆感心したので改造社に紹介したという。
1928(昭和3)年のことだ。
なお、あまりにまとまっているので男性作家の変名だと思われたというのがこの時代らしい話ではある。
彼女を取材した1927(昭和2)年12月19日付読売新聞夕刊の記事には「小説による男性への復讐」とある。
この記事自体、男性記者が「木村毅さんがあなたのことを日本一の助平女だと云っていますが、男がそんなに好きですか」と聞いたり「一つワイ談を!」と言い出すなどとんでもない代物なのだが(それに対する禮子女史の返答は「エゝ妾〈わたし〉男は大好きです」「そうね……妾鼻の形で男はわかりますわ」で、記者をたじろがせているのが面白い)本もなかなか読ませる。

ストーリーはこうだ。
医者の娘である主人公は親に結婚を急かされることを嫌って上京し女子医専(現東京女子医科大学)に入学。しかしドイツ語を落第しかけ、中年教師に教わるうちに関係してしまい、噂になって退学する。その後、女優、芸者を渡り歩き、置屋の親父と出来て新たに置屋を開業するも親父が株で失敗して終了、一軒家を与えられてしばし独居する。二年半後に関東大震災で焼け出され、雑誌記者として再出発。学生や社員の溜まり場となり、そのうちの一人と同棲するが出版社が倒産、同棲相手が彼女を満洲に売る話をしていることを聞いてしまい、本牧のチャブ屋(娼家)に行く。そこで客にまとまった金をもらったので、チャブ屋の前借を返して東京で再出発しようと決意するところで終わる。

一度の失敗からどんどん転落していくという物語で、今の感覚からすると過激に見えるが当時としてはままある話ではある。
しかし濡れ場を伏せ字で出したのがかえって良くなかったのか発禁になってしまった。
二年後に伏字部分をカットして万里閣書房から『火焔を蹴る』と改題して出したがまたも発禁。
1949(昭和24)年に白鯨社から改めて『男』として出版、戦後ということもあり作者所在不明で印税は供託されたという。
実はこの本、さらに8年後に今度は洋々社から再刊されている(但し設定を変えており少々奇妙な話になっているとか)。
戦争を挟んで都合4回も出版されるとはよほどのことで、今ではまったく知られていないし名作の誉れもないのに不思議な気がする。

なお、『新大阪新聞』に、戦後彼女の家を突き止めて行ったインタビュー記事が載っていると城市郎『発禁本』(福武書店)にはある。
それによれば、横浜郊外の通称「お化け屋敷」に独居しており、黒頭巾、チャイナ服、繻子の靴という服装で記者を出迎えたらしい(本牧チャブ屋で小説が終わったことを想起させる)。
「丸ぽちゃの鼻のとがった婦人で、眼と口もとが子どものようにつやつや」していた由。
電車賃や切手代にも事欠き、区役所の扶助金で暮らしているという。
垢にまみれた派手な着物やボロギレを広げて若き日の思い出に生きていた。
『男』の印税も欲しいが為替も途中で戻ってしまって手に入らないだろう、「私は死ぬまで涙のピエロです」と訴えかけた。
興味深いのは、著作がほかにあると主張した点で、『地獄絵』、『歌集・一夜草』(中央公論社)が存在するらしい。
『地獄絵』というタイトルでNDLを検索すると1934(昭和9)年に文座書林から出ている岡田三郎の著作が引っかかるが、代作をしたということか同名の本人の著作のことかわからない。
なんとなく、本人名義の本で『男』以降の足取りを書いていそうな気がするのだがどうだろう。

ともあれ、まだまだ深掘りできそうな人物である。
林禮子の情報がぜひあれば教えてほしい。


【本日のスコーピオンズ】

10曲目「Drifting Sun
2nd アルバム『Fly to the Rainbow』(1975)より
軽快な(といっていいのか、マイナーではあるが)ハードロック。
良かったのは途中でまったく違う曲にならない点。
今まで、わりといい感じで始まったのに1分半過ぎたあたりから
曲調が変わるのがあまりピンと来なかった。
今回はスローにはなるものの一貫していて聞いていて楽しい。

感想は以上です。

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