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チャリダーアキの自転車世界旅行   カナダ横断編(後編)

割引あり

ロッキー

 大観光地Banffのキャンプ場は人で埋め尽くされていた。綺麗に整備された美しいキャンプ場では、キャンパー達が夜遅くまで大音量で音楽を流して大騒ぎをしている。右も左も前も後ろも大音量だ。この辺りは野生の動物が多いと言われているが、ここに来るわけが無い!!ひょっとしたら人間の騒ぎを見に動物が近寄ってくるのだろうか?
「いやいやそんな訳がない。眠れやしない!!俺はロッキーに自然を楽しみに来たんだ!!」
翌朝キャンプ場を出て、メインの道路ではなく森に囲まれた細い道を走ることに決めた。野生の動物に出会える可能性があるかもしれないと考えたからだった。

 キャンプ場を出ると綺麗な青空が広がり、風も少なく最高の自転車日和となった。気持ちよく1時間くらい走った頃、目の前に車の渋滞を見つけた。地図を確認したけれど前方に何かあるとは思えないような森の中の一本道。
「何事だろう?」
と思い、停車している車の脇を自転車ですり抜けて前へ出てみることにした。こんな時は自転車が便利だ。スイスイと前へ進みながら、横目で停車している車の中を見てみる。どの車も空っぽで人は乗っていなかった。前方に見つけた人だかりに近づいた時に、渋滞と人だかりの理由が分かった。
「おー!!」
思わず感動の声が出てしまった。道路に一匹の巨大なエルク(大角鹿)が立っていた。頭には巨大な体に似つかわしい、実に巨大で見事な角が2本。それを半円状に人が取り囲んで見ているのだ。エルクは人間を恐れる様子を全く見せること無く、実に堂々と立ち人間の方を見ていた。人々がフラッシュを焚きながらカメラのシャッターを押す音が静寂の中に響き渡っていた。カメラすら持っていない僕は、その美しいエルクを脳裏に焼き付けようと、じっと見つめていた。
 しばらくすると、エルクはゆっくりと森の中へと去って行った。人々も蜘蛛の子を散らすように各々の車に戻りその場を去っていくのだけれど、僕はその場に立ち尽くしていた。
「美しかった。」
インドネシアで野生のコモドドラゴンを間近で見たときに、
「動物を見て、これ以上に感動することは無いだろうな。」
そう思ったのだけれども、この時のエルクはそれを越えた。人生最高の時間の一つになった。

 ロッキー山脈には道路から離れた場所にいくつかの滝がある。僕は自転車を止めて山道を歩き、そのことごとくを見て回った。時には自転車で必死に山道を登り滝や湖を見に行ったりもした。お金が無いのでツアーやアクティビティに参加することの無い僕の自然の楽しみ方はこれしか無かった。お金は無くても大満足のロッキー越えとなった。

 Lake Louise のキャンプ場は
「熊が出たので今年はもう閉鎖中。」
キャンプ場関係者のこの男が冗談を言っているようには聞こえなかった。実際ここ数日、崖の下を流れる川に数匹の灰色熊がたむろしているのを何度か目撃した。(でかい!2メートルはある。)このキャンプ場にかぎらず、多くのキャンプ場が9月前半から来年春まで閉鎖になるそうだ。そう、ロッキーに、いやカナダに冬が来ているのだ。急がなければならなかった。自分は防寒着を持っていない。Tシャツ3枚重ね着の上に薄手の長袖ジャケット、その上にレインコートを着るのが一番の厚着。寝袋は真夏用ときている。これで冬が来ればひとたまりもないだろう。

 この日、King Horseのキャンプ場に泊まった。閉鎖していないキャンプ場にはキャンパーが集まりやすいのか、それなりに利用者がいた。夕方から降り始めた雨は、日が暮れる頃には土砂降りとなり冷え込んできた。そんな中、シャワーを浴びる時に、虎の子の長袖ジャケットを落としてしまい濡らしてしまった。外は大雨で乾かすことはできない。僕は覚悟を決めてTシャツを3枚重ね着し、レインコートを着て寝袋に入った。そもそも僕の買った激安の極小テントは、縫い目から少しずつ水が染みこんでくる。高級テントは縫い目にシールがされており、水が入り込まないようになっているのだが、この頃はそんな当たり前の知識すら持ち合わせていなかった。テントに染みこんで来る水を綿でできた寝袋が少しずつ吸い取り、ベトベトになる。この日の冷え込みは今までで一番激しく、ガタガタ震えながら、
「死んだな。」
あまりの寒さに素直にそう確信した。
「寝たら死ぬのだろうな。」
そう思い、テントが揺れているのではないかと思うくらい震えながら、朝が来るのを待った。疲れのせいもあり、明け方には寝てしまった……。
翌朝、僕は生きていた。テントからでると、両隣にテントを張っていたカナダ人達が僕の前に集まってきた。
「生きているのか?寒かっただろう?その格好で寝ていたのか?」
口々に話しかけてくる。
「あまりに寒いから、俺たちはあのキャンピングカーの中に集まって寝たんだよ。」
とのことだった。
(俺も誘えよ。)
と思えども、言わずに
「大丈夫。俺はまだ生きているぜ!!」
精一杯強がってみた。

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