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物語食卓の風景・対面⑤

 帰り道、真友子はその日に話し合ったことを考えていた。美帆は、近々航二と別れるつもりだと言っていた。踏ん切りをつけるために、真友子に会ったのだからと。そのとき、美帆の顔に何だかあきれたような表情が浮かんだ気がしたのは、深読みしすぎたのだろうか。愛情が特別深いわけでも、パートナーシップがしっかりあるわけでもない、私たちの関係にあきれたのか、それとも私という人間にあきれたのか、などと考えてしまうのは、自分の自己評価が低いせいなのか。

 もしかすると、美帆がこれまで結婚しないできたのは、結婚相手にパートナーとしての手ごたえを求め過ぎていたからなのか。あるいは、家事労働者として期待されるのが嫌だったからなのか。今の若い人たちは、もしかすると家事も分担するのが当たり前になってきているのかもしれないけれど、私たちの世代はまだまだあまり家のことをやらない夫たちは珍しくないと思う。

 若い頃の友人たちも、結婚したり子供が生まれたりすると退職する人が多かったけど、「家事と両立するのが大変だから」と言う人が多かった。夜、仕事帰りにスーパーへ寄って、大急ぎで買い物をし、着替えたり化粧を落とす間もなく料理を始める。一方、夫は帰りに本屋に寄ったりレンタルビデオ屋に寄って、あるいはどこかで一杯飲んでのんきに帰ってくる。戦場のような自分のアフターファイブとの違いにうんざりして、仕事を辞めたと言っていたのは高校時代からの同級生だった。

 彼女は確か、職場でもいわゆる事務職のOLで、給料はよかったけれど、入社して5年も6年も経つのに、ずっとお茶くみコピー取りで雑用ばかりを言いつけられ、家に帰ってからも雑用のオンパレードで、「人の身の回りの世話係」と自嘲気味に言っていた。でも、そんな話を聞いた直後に子供を産んで、結局そのあとも子供の世話に追われていた。最後に会ったのはお子さんが3歳ぐらいの頃で、家に招かれてお茶をいただいている間も、暴れたい盛りの息子さんが散らかしている、と恐縮しながら、目の端でずっとミニカーで遊ぶ息子さんを追っていた。「私の人生、雑用係よ」と自嘲気味に言っていた彼女は、その後まもなく夫の転勤でジャカルタへ行ってしまい、その後は1,2回年賀状のやり取りをしたぐらい。「子供なんてつくるものじゃないわよ」と言っていた彼女のおなかはすでに2人目の妊娠で大きくなっていた。彼女は今頃どうしているのだろうか。

 大学時代にアルバイトで一緒だったお嬢さん学校の女性は、仕事があると料理に手をかけられなくなるし、掃除も毎日できないのが嫌だ、と結婚1年で仕事を辞めた。最初は結婚退職しようとしたけれど、夫から「おれのために辞めるなんてもったいない」と言われて、しばらく仕事を続けていた。でも、「夫のためというより、結局私自身が中途半端になるのが嫌で、辞めると言ったら、しぶしぶ承知してくれた」と言っていた。その頃、もともと技術系だった彼女の夫はメーカー勤めから給料の高い外資系に転職したところで、家族を養っていける自信もついたとかで、「好きにしていいって言われた」と彼女は喜んでいた。

 でも結局、私は仕事が楽しかったし、フリーライターなんて仕事が増えたり減ったりだし、家で執筆中に料理をするとか、合間に掃除や洗濯をするとか自由度がきくせいか、特に辞めたいと思ったことはなかった。辞めたくなくても仕事がない時期もあったんだけど。

 そうして仕事をつづけたせいか、専業主婦になった友人たちとは、だんだん話が合わなくなって疎遠になった。長沢先輩に再会して、やっぱり仕事の話ができる人のほうが話しやすいなあと思った。子供の話や夫のぐちとかばっかりされても、反応に困るし。私って嫌な人かしら?

 それより私が考えなければならないのは、航二との関係よね。今まで「結婚ってこんなものなのかな」と思いながら暮らしてきたけど、やっぱりちょっと変な関係なのかしら。ラクというだけではいけないのか。でも、違和感もあった。なんとなくモヤモヤと、「これでいいのか」と思わなくもなかった。でも、モヤモヤなんてたいていの暮らしにあるものじゃないの? それともそれは私がちゃんと向き合わなかったから? 何と? 航二と? 結婚と? 私自身? 人生? 

 でも少なくとも、美帆さんと会ったことで、航二と向き合うきっかけはできた。なんとなくの違和感を訴えるのは難しいけれど、浮気について聞くことはできる。LINEからも、3人で会ったことからも、証拠はつかめなかったけれど、今日美帆さんからはっきり浮気の事実を聞いた。このことは、突き付けて大丈夫よね。でも、そしたら、そのあと私はどうしたいのかしら? きっと航二は、どうしてほしいのか聞いてくる。別れたいの? それとも謝ってもらったらすっきりする? 私が航二に対して抱いているモヤモヤはそもそも何だったのかしら?

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