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INSPIRATIONS: 自然とデザインをつないで考えるためのヒント 10月

自然とデザインをつないで考えるためのヒントをピックアップする「INSPIRATIONS」。新旧問わずに、デザイン、アート、ビジネス、環境活動、サイエンス等の領域を横断し、ACTANT FORESTメンバーそれぞれのリサーチに役立った、みなさんにお薦めしたい情報をご紹介します。

01:HyperGarden - 都市のすきまを埋める、マイクロガーデンタワー

オランダのハーグを拠点とするアート・デザインスペース THE GREYSPACE IN THE MIDDLEで、都市に垂直なエディブル(食べられる)ガーデンをつくるプロジェクト「HyperGarden」が進行している。起業家のジョナサン・ルーマンは、ショッピングバスケットを積み上げて垂直のリサイクルガーデンをつくり出す。都市部で発生した廃棄植物から土壌をつくり、ひとつのショッピングバスケットから、ハーブや野菜、菌類を育てることができるマイクロガーデンを設計、都市のすきまを緑で埋め尽くすように幾重にも重ね上げていく。設計されたこのマイクロガーデンは、誰でも都市で小さなガーデンづくりを楽しめるようオープンソースで公開されるようだ。誰もが都市のすきまにエディブルガーデンウォールをつくり、緑と多様な生物にあふれた都市空間をつくり出す未来を描き出す。

02:ソーラービエンナーレ - 太陽光をデザインしよう

9月9日から10月30日まで、オランダのロッテルダムでソーラービエンナーレが行われている。このビエンナーレは、ソーラーデザイナーのマルヤン・ヴァン・オーベルとポーリーン・ヴァン・ドンゲンが企画したもので、太陽光発電をもっと美的なものとして捉え、デザインしていこうとするムーヴメントだ。技術的な問題、効率性の問題のみで捉えられてしまいがちな「太陽光発電」をデザインの領域に引っ張り出そうとする試みは、シンプルな提言ながら、大きな可能性を秘めているように感じる。マニフェスト的な著作『Solar Futures: How to Design a Post-Fossil World with the Sun』が出版されている。ニュースレターの登録で運動に参加することもできる。

03:植物による環境浄化の行き先は?

植物を用いて土壌や水の汚染物質を除去する「ファイトレメディエーション」や、重金属を回収する「ファイトマイニング」。これらはいずれも、植物が根からさまざまな物質を取り込み、体内で分解・蓄積する性質を利用した環境修復の手法として知られるが、『Science』誌に掲載された本記事は、遺伝子組み換え植物の開発を促進することで、この技術をさらに効果的に活用できるという展望を示している。例えば、植物による分解は困難とされる残留性有機汚染物質(POPs)を無害化したり、より成長の早い種に金属集積能力を組み込んだりと、植物本来の特質をさまざまに操作・拡張する可能性が挙げられている。環境にやさしい方法で有害物質を取り除く技術はますます重要になり、実装も加速していきそうだが、一方で、工学的に設計された植物が浄化を担うという構図は、まるでナウシカに出てくる「腐海の森」のようでもある。

Plants to mine metals and remediate land
https://www.science.org/doi/10.1126/science.abn6337

04:Arbonics - エストニア発New Forest Economy

New Forest Economy(ニュー・フォレスト・エコノミー)の創出にチャレンジするエストニアのスタートアップ、Arbonics社が180万ユーロ(約2.6億円)の資金調達に成功したというニュースが9月に流れてきた。同社は、森林に新たな経済価値をもたらすデータプラットフォームを開発中だ。森林や農地・緑地などの土地所有者が、自分の土地の炭素吸収率を簡単に分析・計算できるデータツールを提供するという。計算された土地の炭素吸収機会はカーボンクレジット(CO2削減量)として土地所有者の新たな収入源となる。手つかずで放棄されていた土地や森林が、カーボンクレジット購入者の新たな投資先になるというわけだ。欧州でカーボンクレジットのボランタリーな民間事業者売買が盛んになってきていることが背景にある。新たな所得を手に入れた土地所有者は、カーボンクレジットをさらに生み出すために森林や農地・緑地の育成や管理に投資する。更地を持っている土地所有者は土地を森林化していく。というような、森に新たな経済価値をもたらす「新森林経済」の創出を目指す。プレシード期を経て加速するArbonicsの今後の動きも楽しみにしたい。

05:神話の再野生化 - 環境共生に向けたナラティブをデザインするために

近代科学の進歩は、ローカルな神話を切り捨てることで促進された。以来、私たちは科学的な思考で生きている。記事の執筆をしているソフィー・ストランドは、気候変動を引き起こしてきた科学的なパラダイムを解体するために、本来の生態系から切り離された神話を再び根づかせて、環境と共生するための新しいナラティブを創造すべきだと主張している。彼女によれば、神話とはただのファンタジーではなく、動物の進化の歴史や、身の回りの生態系に関する知識を、コミュニティ内で共有するための実用的なツールだ。例えば、約27億年前、原核生物が互いに溶け合い、ミトコンドリアや細胞小器官を形成して、現在の人間のコアができあがった。子宮でさえも、2億年前のレトロウイルスの侵入による産物だ。神話に登場するケンタウロスや人魚は、私たちが自律的な人間という存在ではなく、生物たちとのコラボレーションによって構成されたハイブリッドな生を生きているということを示唆している。そのような視点から構築された神話というシステムは、ローカルな環境とコラボレーションするための知を伝達する器として機能する。ある場所で木の実の収穫に関する情報を伝える物語は、別の場所で語り継いでも機能しない。神話は、文脈と密接に結びつきながら環境と対話するための質的なリサーチマップだともいえる。彼女が主催する8週間のオンラインコースでは、人間中心的なナラティブをマルチスピーシーズなものへとシフトさせ、一旦切り離された神話を再度ローカルに埋め込む方法を学ぶためのカリキュラムが組まれている。日本において独自の環境共生を考えていく際の参考になりそうだ。

06:東日本大震災とグリーンインフラ

東日本大震災が引き起こした複合災害は甚大なものだった。その規模の大きさから避けれなかったものだと思われがちだ。しかし、この研究論文は、1980年に国土庁がつくった環境インベントリーを活用して、東北地方のリスク評価を地図上にマッピングしたところ、3.11の震災で被災した高速道路の89%、建物の88.2%、大破した福島原子力発電所と関連施設の81%が、「高リスク」とされる範囲に入ってくることが判明したそうだ。著者らは、結論部分で、複雑な予測モデルをつくることに注力するあまり、単純なマップオーバーレイからでもわかることが見落とされているのではないかとも指摘している。つまり、環境や生態の状況からわかることをシンプルに開発の戦略に活かしていれば、複合的なリスクが想定できたかもしれないのだ。科学的知見を社会の中でどう活用していくのかを考える上で興味深い日本人研究者らによる学術論文だ。


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