役に立つ人の話はだいたい過去ではなく「未来」のことを話している

私は仕事柄、いろいろなイベントに参加する。講演会とか、トークショーとか、公開ディベートなどだ。おもしろいものもあるが、なかにはクソつまらないものもある。ふと、それらの違いはなにかを考えてみると、彼らの話している内容が「過去」なのか、それとも「未来」なのかの違いなんじゃないかと思えてきた。

話がつまらない人は「過去」のことばかり話している。これまで自分はなにをやってきたのか、あの出来事はこういうことを象徴しているんじゃないか、などなど。
もちろん、歴史に学ぶことは大切だから、過去の話をすることそのものが悪いわけではない。ただ、「これまでは○○だったから、これからは○○になるんじゃないか」などと、過去をベースに最終的な結論に未来を持ってこないと、なかなか興味が惹かれない。

一方で、「未来」をベースに話しをする人たちはおもしろい。最近出席したイベントのなかで一番おもしろかったのは「これからのテレビをおもしろくするにはどうすればいいか」というテーマで、評論家の宇野常寛氏やホリエモン氏が激論を繰り広げたものだった。彼らはもちろん、「過去のテレビはこうだった」という話もするが、基本的には「いま、テレビ業界ではこういう試みが行われているが、まだこうした悪い風習があり、今後はそれらがこうなっていくだろう」という考えを語っていた。
私はテレビにそれほど愛着がないので、決して興味があるテーマというわけではなかったが、彼らの語る「未来のテレビ像」を聞いていると、なんだかワクワクしてくる。そして、自分で考えもしなかったアイディアに触れて、大いに刺激されたのである。

そもそも、「おもしろい(面白い)」の語源は、「目の前が明るくなった状態、および美しい景色」を指すらしい。私なりに解釈すると、「いままで見たこと、聞いたことがないものに触れて自分の世界が広がるよろこび」を「おもしろい」と表現するのではないだろうか。となると、「未来の話」がおもしろいのもうなづける。未来はまだ、誰も見ていないし経験したことがないものだからだ。

考えるに、「自慢話」や「愚痴」がつまらないのも、これと同じメカニズムなんじゃないだろうか。結局のところ、「(過去の)成功体験」や「(過去の)失敗、ダメだし」で終わってしまう話は、聞き手を惹きつけることがない。内容が「過去」に終始する話は、聞き手の世界を広げる可能性が小さい。

などということを考えた。

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徒花

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