小説 リ・ボン(1)

前回投稿した小説と同様に、とある小説新人賞に投稿しようと思っていた短編小説です。

 以下は前回の小説「消費期限、26歳」です。興味がある方、物好きな方は是非お読みください。

 当初は荒廃した日本を書いてみたかったのが発端でした。そこから必要とされることの難しさというのも描きたくなり、結果として人間とアンドロイドを中心に据えた作品になりました。

 どこか現実味のないのを書いたつもりですがこうも現実が空想を飲み込む勢いで変わり果てると大変です。

 途中、「肺炎」が出てきますが2019年9月に書き上げたものであり現在の世界情勢に感化されたものではありませんのでその点よろしくお願いします。

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 今から約10年前、世界的に流行した新型肺炎。
 感染者は10億人。死者は1億人以上と呼ばれ、世界は一瞬にして荒廃した。

 当時アメリカのカイル大統領は、
「医学が進歩しているこの時代で世界的流行をもたらす感染症が出てくるとは思ってもいなかった」と発言をし、議会では凶弾に立たされたり、WHO・世界保健機関は「調査中」というレポートを出したままで数ヶ月が過ぎたりと手際の悪さが目立ったのも印象深い。

 もちろん、この国も新型肺炎の影響を受けた。
 鉄道は集団感染の恐れがあるため、営業の制限。航空は国内線では全て休止、国際線は国から指定されたカテゴリーの人以外は搭乗出来ないようにし、出国・入国時には綿密な検査・調査も行われた。
 
 都市部からは感染の恐れがあるとして退去が進みゴーストタウン化。所謂田舎を求める人が闇ブローカーの詐欺に引っかかるなどの悪循環が生まれ、経済・治安は破綻していた。
 ワクチンの開発や積極的な接種によって終息に向かったが、当時の先進国を中心に経済や政治の破綻が酷く、新型肺炎の残した爪痕は大きいものだった。

 そんな中で、世界的救世主とも言われる「キッド社」が新型アンドロイドを発売した際は世界の注目を集めた。
 キッド社が所有するホールに、記者が集まる。肺炎の流行でマスクをするのが文化となったことが映像を見てもわかる。全員、CEOであるプレム・ファティマを待っていた。

 キッド社はプレムが起業したIT企業。
 流行前はインターネットを利用したCtoCサービスを運営していたが、新型肺炎の感染者を判別する機械を開発・発表したところから営業利益を伸ばした。
 インターネット利用者の激減によって、デジタル製品の開発に注力。その後キッド社は体調管理に特化した新型のウェアラブル端末「フィンデン」の発売で急速なシェアを獲得、一気に世界的な企業へ進化した。救世主と呼ばれる所以はウェアラブル端末の普及で体調に異変が生じた際の予防が広まったからと言われている。
 
 プレムが登壇すると招待された記者や関係者が盛大な拍手を送る。ライトアップされたプレムはスーツ姿でマスクをしていない。

「今日はここキッド社にお集まりいただき、ありがとうございます。イベントの開催を今日にした理由は、WHOやアメリカが新型肺炎流行で緊急事態声明を発令してから10年が経ったからです。私達の開発したフィンデンを始め、判別機の普及により、多くの人々の生命が救われ、ワクチンの接種によって終息を迎えました。

 ただ、今の世界は経済、政治、治安、全てが破綻していると言っても過言ではありません。アメリカはニューヨーク、ロサンゼルス、ダラスはゴーストタウン化。イギリス・ロンドンは低所得層と高所得層との対立によって毎日、デモ行動や破壊活動が行われています。

 私達キッド社はこの事態を終わらせるべく、新たな生命を発表します。
 アンドロイドの『メネスカー』です」

 ステージ上では白い人の形をした「物体」が現れた。筆者はその時、口を開けて、あれはなにかを必死に考えていた。

「皆さん、ご安心ください。今ここにいるのはマネキンです。ただのジョーク。現在普及しているアンドロイドは『不気味な谷』が最大の問題です。
 みなさんご存知でしょうが、人間に寄せれば寄せるほど我々は彼らのことを気味悪がりコミュニティから追い出したくなる。勉強をすると言われても一向に人間らしい会話をしない、動きもロボットそのもの。
 賢いけど、賢くない。このマネキンのように物体と認知する。我々が望んでいるのはこの世界を一緒に変えてくれるアンドロイド、一緒に構築し直すアンドロイドです」

 アンドロイドの普及は今始まった話ではなく、たくさんの企業が無責任に乱発し、撤退した歴史を持つ。どれも、普及はしないし、人間とのパートナーとはなり得なかった。

「これまでの彼らには多くの問題がありました。バッテリー交換が必要だ、ただ開発した会社は撤退をしている。故障した、新型を買いたい。記憶を移したい、互換性が無い。
 我々、キッド社はこれら全てを解決しました。それが彼ら『メネスカー』です」

 ステージの袖に手を差し出したプレムの顔にはこれからのプロジェクトが成功することを確信している、そんな気がした。
 
 ステージに現れたのは二人の男女。自分よりも若く見え、20歳前後に見えた。このときはスタッフが現れたと思っていたが違った。

「皆さん、この二人がメネスカーです。人間ではないのか?そう思われるのも無理ありません。
 登場するまでの間、動きは人間そのものです。ロボットらしいところなど一切ない。不気味の谷を解決する、根本的なところ。
 それは骨格です。今までのアンドロイドはただのロボットとして製造されてきました。そのため、体の基礎となる骨格は単なる繋ぎ合わせ、動きはぎこちなく人間に近いとは思えない」

 プレムのプレゼンを聞きながら、二人を見ていたが人間だと言われても信じてしまうほど違和感が無かった。男の方はとても力がありそうで、女性の方は知性的でもある。二人共特徴を持っている。それも作られたものではなく、自然に生み出された特徴に思える。

「次のポイントは皮膚です。皮膚は人工皮膚を使っていますが、メネスカー専門で開発を進めました。これで外見では簡単に判断は出来ません。
 そして最後のポイントは人工知能の再構築です。今までの人工知能は指令を受けて行動というパターンが多かった中で、メネスカーは自己活動が可能です。会話も成り立ちます。経験はありませんか?
 会話をしていても、所々違和感がある。読み方もイントネーションも違うし、単語ずつで話しているだけ。しかし、このメネスカーに搭載される知能は過去に類を見ないほどの進化を遂げています。そして最後、メネスカーはアンドロイドではありますが、同じ物は何一つ無い。これから生まれてくるメネスカーを含め、全て違う。ニンゲンと同じです」

 言葉のボキャブラリーが無いと思われてもしょうがないが、このとき筆者は「世界を変えるかもしれない」と強く思った。

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メネスカーの第1世代はアメリカやイギリス、フランスといった欧米諸国で発売をした。アジア圏やアフリカ圏での発売は「技術的問題で今回の発売は見送る」と発表があった。メネスカーはまず法人向けに普及を目指した。

 工場、飲食店での応対などにメネスカーは充てられた。特に食品を扱う会社からの注文が多くあったという。高性能な人工皮膚で高レベルな抗菌を保っていることが調査で判明、企業はユーザーからの信頼も獲得できるとして導入に踏み切った。メネスカーは当初、簡単な作業をこなしていたが、徐々に複雑な作業にも対応していく。そして、法人でのアンドロイドシェア世界一を獲得した。

 ただ、新規の製品に付き纏う問題、初期不良だ。
 メネスカーの普及は進んでいく中で故障が多く発生し業務の停止も頻繁に発生した。原因は法人向けに人工知能を制御していたことにあった。自分で考えることのできるメネスカーは単調な作業でも効率の良さを考えると制御されている部分にアクセスが出来ず、ソフトエラーを起こす。多くのメネスカーに問題が発生していた。知能の高さから発生する問題だった。

 アメリカのメディアにプレムはこの問題について答えている。
「第1世代はまず縁の下の力持ちを目指そうとしました。単調の作業にはフルパワーの彼らは必要ないと判断しました。ですが、我々が予想していたものよりも遥かにメネスカー達は成長を遂げ、限界に達しました。制限を掛けているという報道は事実です」
「制限の解除、もしくは新たな制限を設けることは考えていますか?」
「非常に難しい問題です。他社製品のアンドロイドが人間を殺害するという問題も発生しており、メネスカーも将来的にはこの問題に対して直視する必要があります。ただ、彼らをずっと縛り続けるのは誰の利益にもなりません。これから検討をしていきたいと思います」

 第2世代の発売は第1世代の発売から2年が経っていた。通常アンドロイドの新規製品のスパンは1年弱とされており、キッド社はその流れには乗れていなかった。
 第1世代では法人向けに知能の制限を実施したが、プレムは第2世代でシェア拡大のため、個人向けに発売するかどうか悩みに悩んだという。

 競合製品が「人間のパートナー」を全面に押し出している中、メネスカーは工場ロボットなどと揶揄され、メネスカーに対する市場のイメージを変える必要があった。人間との生活の上では知能の制限は取り払う必要がある。ただ、アンドロイドによる殺害という最悪の問題も存在する。キッド社内部では賛成派反対派がはっきりと分かれた。2年の間にはそれらの決断が含まれていた。

 キッド社はメネスカーの第2世代発売、個人向けとして全世界で発売することを発表、知能の制限は一切ない事を大々的にアピールした。また、第1世代での記憶を移行できるサービスを開始。人間側のサービスでは人の記憶をバックアップすることが可能になり、その記憶をメネスカーに移行が可能となった。

 第2世代の登場で一気にシェアを拡大、一位に躍り出た。特に記憶移行について人間の記憶も移行できることが市場に強いショックを与え、「死者の復活」も可能となったこともシェア拡大に貢献した。

 キッド社の製品を発売する「キッド・ストア」は全世界に出現、キッド・ストアのスタッフは社内での上級試験を通過したものが運営することもユーザーの信頼を増幅させた。
 
 「死者の復活」「アンドロイドの死」を巡って人権団体である「生命の風」がキッド社に対してサービスを停止するよう要望を出した。
 団体の総長ニックは発表の際に、
「キッド社のプレムは皆さんの親愛なる家族を墓場から掘り起こせと叫んでいます。それらが許されると思いますか」
 彼の叫びは、ずっと家族で暮らせるという希望の声に掻き消され、ただの雑音となっていた。
 
 人間の死に対して、世界の多くの人々が過剰に恐れていたこともあってか発売から普及のペースは留まらず一世帯に一人(キッド社はメネスカーを一人と数える)の数字を記録した。

(2に続く)

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