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船着場のにわか通訳者(サミット2016[4])

202305051159 「船着場のにわか通訳者」2016年サミットの話(その4)

「いやー、君たちが来てくれて助かったよ」
それが彼の第一声だった。
 その彼は中部国際空港(セントレア)に隣接する高速船の船着場で働いている初老の男性で、船のロープを扱ったり乗客の案内や荷物を整理する係だった。
 彼は初めて会うボランティア通訳の私たちに対してとても優しく、私たちを船会社の事務室に招き入れてくれたばかりではなく、私たちに三重県当局から支給された夕食が唐揚げ弁当だったのを見て
「ここに電子レンジがあるからさ、使ってよ。冷めてると美味しくないし、唐揚げ」
「良かったらここで食べて。お茶もあるよ」
などと言ってくれた。
 私たちボランティア通訳は、その持ち場のバックヤードつまり公共の駅やこのような船会社の事務所には立ち入らないように、と県当局やボランティア事務局から事前に厳しく指導されていたのだが、この時はありがたくその申し出を受けた。
 その日は私にとってサミットボランティア通訳の初日だったのだが、午前中はともかく私が入った夕方からはほとんど誰もプレスは来なかった。欧州からの直行便や成田・羽田で入国した乗客が来る国内便の到着が午前中だったこと、それとこれは推測だが、東京からのプレスの多くはJR名古屋駅経由で陸路、伊勢に入ったのだと思う。
 夜になり香港からの便に乗って来たと思われる男女4人の報道関係者らしき人たちの案内をしたが英語が通じない。どうもフランス語が母語のようだった。
 船の切符を買う際に私が
"Four persons?"
って聞いたんだけど「?」という顔をされた。乗船締め切り時間が迫っていて慌(あわ)てていたとは言え、なんで
"Quatre?"
って聞かなかったんだろう、と今にしては悔しい思いがある。
 冒頭の船会社の男性のセリフは、要するに私たちボランティア通訳に空港連絡の高速船利用客への案内を英語でしてもらってずいぶん助かった、と言うことだった。
 その後一年近く経ってから、その船着場の従業員募集のチラシを見たが、英語使いはとても来ないだろうという最低賃金だった。

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