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自分の記憶は開けにくい引き出し

ふとそう感じた。

話を振られた時にパッと出てこないが、それから少し時間が経ち、内省していると「あー、そういえばこんな話あったな〜」と思うことが本当に多い。

これを言葉にするのなら、開けにくい引き出しがピッタリだと思った。年季の入った引き出し、という表現でもいいだろう。

年季が入るには何度も使う必要がある。「記憶の整理をする」という言葉もあるが、記憶を小分けにして別の引き出しに入れることができるのか?というのは疑問がある。とりあえず記憶を頭に入れる出入り口が1つなら年季の入った引き出しという表現も間違いはない。歳を取ると記憶力が落ちるということを考えれば、この表現も間違いではない。

この開けにくい引き出しは時間が経つと開く(思い出す)のは、あれこれ試している(考えている)内に開くことと考えられる。

この表現とは別に、この開けにくい引き出しが簡単に開く時はその人と会話の波長がいいと捉えている。

私にはこれ以上に論理的に話せる内容がないが、感覚的に会話が弾む人が「あ〜、この人と自分は波長が合うんだな」と思う。

誰とでも簡単に人と波長を合わせられる人がいる。俗にいう陽キャというやつだ。波長ということを考えると、簡単に相手にチューニングできる人になる。そう考えると、私のように会話の波長を特定の人にしか合わせられない人はチューニングが出来ない人になる。まあ、合わせようと努力するも失敗するのほうが正しい。

私の思考回路的に「では、なぜ合わせられるのか?」と考えるのだが、分かっていたら私も波長を合わせられる人間になっているはずである。なので、分からないとしか言えない。しかし、これで終わってしまうのは考えるのを放棄したようなものなので、チューニングしていきたい。おそらくハズレるだろうが(笑)。

2つの要素があるのではないかと思う。1つ目はグループ化。2つ目はそれぞれのグループの特徴を押さえること。これがあるのではないだろうか。

まずは、グループ化。人が話している声色、見た目などからその人がどんなタイプなのかグループ分けをする。どんなグループをしているのかは分からないが、いくつかのグループがあると思われる。グループというよりも個性のようなものだろうか。

2つ目の特徴を押さえるは、こういう特徴の人はこういう話し方、接し方、話題が好きなのでは?とその人なりの基準によって分類する。その特徴を組み合わせて会話に落とし込む。

抽象的なことしか書けていないがおそらくこんな所ではないかと思っている。しかし、特徴を押さえて、対応するというのはその人の立場に立って物事を観察する必要があると考える。あくまでも予測でしかないかもしれないし、過去の実体験から来ているのかもしれないが、その人の対応が相手に合っているから会話が成り立っている。つまり、それこそがチューニングできているとと言える。

書いてみれば、これはいわゆる「コミュニケーション能力が高い人間」と言える。中身を見てみれば、相手の立場になって考えるというありふれたことを書いている。要するに、社会はこんな人物を求めている。


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