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「天気の子」 − 世界全てを敵に回しても君と一緒にいたいと思うほどの恋をしたことがあるか



世界全てを敵に回しても君と一緒にいたいと思うほどの恋をしたことがあるか。
おれにはある。



あれは今から14年も前のこと、おれは1人の女の子に恋をしていた。隠す理由がないので明らかにするが、弓塚さつきさん、という人だ。
弓塚さつきさんは「月姫」というゲームに登場する人で、「月姫」はノベルゲームだった。文章と絵の組み合わせで進行して、たまに選択肢が出てくるやつだ。
「月姫」にはエンディングがいくつか存在し、だいたいが特定の女の子とのシナリオを掘り下げて進行する。初対面の印象からは想像もつかないような過去があったり、人間でなかったりして、その女の子と付き合ったり付き合わなかったりするエンディングになる。


弓塚さつきさんにはそういう個人ルート、エンディングは存在しなかった。
立ち絵はある。セリフもある。ただし主人公と結ばれることはない。どのルートでも途中で必ず死ぬ。「月姫」という物語には実は吸血鬼が出てくるのだが、自身が吸血鬼になるか吸血鬼の犠牲となって結果死ぬ。
一説によると個別ルートが用意されていたらしいが、「他のヒロインのルートを食うほどの話」だったせいでオミットされたという話があるがどうでもいい。彼女と結ばれることは当時できなかったという事実だけがある。


おれは彼女に恋をした。
きっかけが何であったかはもはや思い出せない。当時は「月姫」を原作とした「MELTY BLOOD」という格闘ゲームのアーケード版がゲームセンターで稼働した頃で、使用キャラの1人に弓塚さつきさんがいて、地元の中野でひたすらにプレイしていた。
人生で間違いなく一番真剣に格闘ゲームに取り組んでいた時期だが、格ゲーとは勝ったり負けたりするゲームだ。勝ち続けることは不可能だと解りつつも、負けること、彼女が倒れることが許せなかったのがひたすらに苦しかったことを覚えている。
一晩中友達の家で対戦とトレモを繰り返して、それでも望む戦績にたどり着けなかった悔しさを覚えている。
自分の不甲斐なさに泣いたことを覚えている。

おれは彼女に恋をしていた。
ある日、弓塚さつきさんのオンリーイベントが開催されるという報を聞いた。その頃にはコミケを始めとした同人イベントへ本を買いに行くようにはなっていたが、サークル参加は一度もしたことがなかった。
何かしたいと思っていたし、機が訪れたとも思った。学業の合間を縫いイラスト本を作った。乗ったことのない路線に乗り、いくつも大きな川を越えてねこのしっぽまで原稿を持っていった。
おつりの準備に苦心したこと。隣のサークルさんと交流することなど全く考えなかったこと。殆ど手に取ってもらえなかったこと。その後在庫をダンボールに入れたまま何年も放置していたことと、それが心の重しになっていたこと。それでもやってよかったと思ったことを覚えている。

彼女が救われなかった世界を憎んでいたことを覚えている。
おれには何もできないと友達の前で号泣したことを覚えている。
彼女のことが好きだったことを今でも覚えている。


新海誠監督作品「天気の子」は、少なくともおれにとってはそういう感情を想起させる作品だった。

「君の名は。」はついぞ観ないまま劇場に足を運んだから、前作と比べてどうとか、新海誠的にどうとかいう文脈は全く無いまま、おれのエゴだけでこの文章を書いている。
この映画のストーリーラインをしてエロゲーやラノベ等の「あの頃のサブカル」を批評したいと最初は思った。でも思ってたほど本を読んでもなければゲームを遊んでもいなかったから、諦めて感情だけでこの文章をまとめてゆくことにする。

新海誠監督作品は殆ど観ていないがRADWIMPSは聴いていた。白状すればそれは弓塚さつきさんの次に好きになった人の影響からだ。聴いていて好きだった曲はどれも「ぼくときみにこの先何があってもぼくはきみのことが好きだ」という、一途で一方的なラブソングばかりだった。ただ1人のことを想い続けて歌い続けるような世界が常におれの中にはあった。その中心に立つ人物が代わったとしても。
そういう「世界」をそのままなぞるように描かれたストーリーを飾る楽曲は、今まで聴いてきたどの野田洋次郎氏よりもど真ん中を通っているように感じた。


取るに足らない 小さな僕の有り余る今の大きな夢は
君の「大丈夫」になりたい 「大丈夫」になりたい


なりたいよな、そうだろう。おれもそうだった。「MELTY BLOOD」のシナリオで存命した弓塚さつきさんはついぞ「月姫」主人公の遠野志貴と邂逅することはない、それを叶えるだけのシナリオを用意する空間がゲームになかったからだ。姿を隠して路地裏で生活する彼女の姿を探して夜の街を歩いたことを覚えている。次元も時代も、場所の舞台考証も全て無視して目の前に現れることを願った。だがたとえその瞬間に目の前に現れたとしても、その頃のおれにできることなど何もなかっただろうに。
その時に残った感情も羽海野チカ先生の「ハチミツとクローバー」で解体されて、金も権力もないやつは何者でもないし誰も守れないってことを読むたび何度も何度も解らされた後も人生は続いていて、結局おれは何者にもなれないし誰も守れないまま元号まで変わっていて。

それでもこんなに響くなんて思っていなかった。


それでもあの日の 君が今もまだ
僕の全正義の ど真ん中にいる

世界が背中を 向けてもまだなお
立ち向かう君が 今もここにいる

愛にできることはまだあるかい
僕にできることはまだあるかい


尋ねられているのは自分自身だ。
ただ1人のことを想い続けて歌い続ける世界がおれの中にまだある。その中心に立つ人物が代わったとしても。
まだあるのか。できることが。きっと。



世界全てを敵に回しても君と一緒にいたいと思うほどの恋をしたことがあるか。
おれはある。
観に行ってよかった。




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