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【エピソード&曲紹介】フランス・ギャルとエルトン・ジョン

※ヘッダー画像はamazon.frより


 前回「フランス・ギャルとエルトン・ジョンが1980年にデュエット曲を出した」という話題が出てきたので、今回はその曲及びエピソードに関して記事を書きたいと思います。

 エルトン・ジョンといえば"Your song"(君の歌は僕の歌)や、映画"SING"の挿入歌としても有名な"I'm still standing"(アイム・スティル・スタンディング)など数々のヒット曲を持つ、超大御所シンガーソングライターです。洋楽にあまり詳しくない私ですら、名前といくつかの曲は知っていました。ギャルのことをいろいろ調べていた時にこの件を初めて知り、大変驚きましたので、簡単にですがご紹介します。



◆デュエット曲"Les Aveux" "Donner pour donner"

 先に曲をご紹介します。1980年10月にシングルとして発売され、フランスではチャート1位になるなどのヒットを記録しました。"Les Aveux"がA面曲ですが、どちらかというとB面の"Donner pour donner"の方が人気が高いようです。2曲ともギャルの夫ミシェル・ベルジェとエルトン・ジョンチームが共同で制作しています。

Les Aveux(告白)

 テンポはゆったりとしていますが、力強い2人の歌唱が印象に残る情熱的な曲です。エルトン・ジョンはフランス語もお上手なんですね。

Donner pour donner(与えるために与える)

 英語の歌詞をエルトンが歌ったと思ったらギャルがフランス語で歌い出す…というなかなか面白い曲です。透き通ったギャルのファルセットと、エルトンの柔らかい声との非常に綺麗なハーモニーを聴くことができます。
(個人的には1980年前後のギャルの声が一番好きです)

 それにしてもギャルとエルトン・ジョンの距離がいちいちめちゃくちゃ近いです。欧米の方にとっては当たり前なのでしょうか…。

◆エピソード

フランス・ギャル&ミシェル・ベルジェ夫妻と
エルトン・ジョン
(Photo by Bertrand LAFORET/Gamma-Rapho via Getty Images)
 


  はじまりは一件の電話から

 ギャルとエルトン・ジョンとのコラボレーションのきっかけですが、レコード会社の企画や何かのタイアップ等では全くなく、「ギャルの曲を気に入ったエルトン・ジョンからの直接のコンタクト」であったそうです。

 前の記事でも書いた通り、1980年はギャルの曲"Il jouait du piano debout"(彼は立ったままピアノを弾いていた)が大ヒットした年でした。TVやラジオで、あるいは街中で、至る所でこの曲がかかっていたようです。そして、たまたま夏の休暇をフランスのリゾート地(サントロペ)で過ごしていたエルトン・ジョンの耳にこの曲が留まったのでした。彼はギャルと曲を作ったベルジェに興味を惹かれ、複数のレコードを購入したそうです。そしてすぐに、ギャル夫妻の元に電話をかけました。
 「エルトン・ジョンだよ。今からこっちに来れる?ちょっと話したいことがあるんだけど」
 突然そんな電話を受けた夫妻は、最初は「何かの間違いだ」と思い、電話を切ったそうです。それでもエルトンは何度も電話をかけ、ようやく本人だと信じてもらえたとのことです。いきなり世界的な有名人から電話がかかってきたら、はじめは誰でも疑ってしまいますよね。

 その後直接会った3人はすっかり意気投合し、一緒に曲を作るという計画を立てました。(ちなみにエルトン・ジョンとギャル夫妻は3人とも1947年生まれの同い年です)そうして誕生したのが"Les Aveux"と"Donner pour donner"です。レコードが出たのが10月、例の電話からたったの3ヶ月程度後のことでした。余程打ち解けていたのでしょう。

 のちにギャルはこのエルトン・ジョンとのコラボレーションについて「おとぎ話のようだった」と語っています。

  アルバムはお蔵入りに

 当初からギャル夫妻とエルトン・ジョンは「一緒にアルバムを作る」という話をしており、この2曲もアルバムの中の曲として他の曲と一緒に制作されていたようです。しかし、残念ながらその計画は頓挫し、シングルが1枚出たのみでアルバムはお蔵入りとなってしまいました。理由は当時ギャルが第二子のラファエルを妊娠していたからです。そして何らかのトラブルがあったのかドクターストップがかかってしまい、ギャルとベルジェは出産を優先することを選択しました。

 そのため、"Les Aveux"と"Donner pour donner"は他のどのアルバムにも収録されず、長い間シングルレコードでしか聴けないレアな曲となっていました。日本でも発売されていません。現在はベスト盤アルバムに収録され、サブスク、YouTubeでも聴くことができます。 

  余談

 アルバム計画が頓挫した後も、しばらくギャル夫妻とエルトン・ジョンの交流は続きました。1981年の4月にラファエルが誕生していますが、「エルトン・ジョンとギャル夫妻が一緒に夕食を摂っていた時、エルトンが面白い話をしてギャルを笑わせた。それがきっかけで陣痛が起こり、ラファエルが生まれた」なんて話まであります。

 そして2018年にギャルが亡くなった際、エルトンは旧Twitterでギャルへの哀悼の意を述べています。

「フランス・ギャル逝去の知らせを聞きとても悲しい。彼女は偉大なフランスの歌手で、素晴らしい女性だった。彼女とのコラボレーションは楽しかったよ」


(参考文献)



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