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有事のビジネスリスクインテリジェンス

ロシアがウクライナに対する軍事作戦を開始しました。ロシア軍はウクライナに3方面から侵入し、首都まであと少しの場所まで迫っているという情報があります。一方、劣勢に立たされているウクライナ側も、各地で頑強に抵抗しているとのことであり、緊張が続いています。

ロシアの軍事作戦が開始されてから、さまざまな情報がSNSで飛び交っています。その中には現在進行中のウクライナ情勢とは全然関係ない投稿やビジュアル、明らかに宣伝戦と見られる投稿が多数含まれています。
また、国際関係、政治、経済などの各分野の専門家が、ウクライナ情勢について多数コメントしています。その内容は、ロシアはウクライナの完全掌握と無力化を図るといったものから、どこかのタイミングで停戦交渉に持ち込むというものまで幅広いものとなっており、ウクライナをめぐる情勢は未だ混沌としています。

このような情勢に直面した際、ビジネスサイドの立場からは、どのように状況判断すべきでしょうか。軍や政府機関のように、独自の情報収集能力を持つ存在とは異なり、多くのビジネスパーソンは、報道やネット上の情報で状況判断せざるを得ません。日本はインテリジェンス能力が低いなどと評されていますが、政府や情報機関はその能力を外に誇示するわけがないので、軽々に評価することは避けるべきです。むしろそのような見方がバイアスとなって、客観的な状況判断を妨げることになりかねません。政府発表にもなんらかのプロパガンダが含まれるのはやむをえませんが、大事なのは、その情報が自分や組織のミッションにどのような影響を与えるのかという視点を持つことです。真実の追求は、後世の研究に任せましょう。

情報が乏しい有事の状況判断に必要なのは、「組織のミッションを再定義すること」、「仮説の引き出しを多く作ること」、「ミッションの優先順位を与えること」です。逆に危険なのは「真実にたどり着くまで漫然と情報収集してミッションを決定しないこと」、「一つの結論に固執すること」、「すべてのミッションを満足させること」です。前者の裏返しが後者ですが、えてして組織はその陥穽に陥りがちです。

有事の地に現地事務所を置く企業を想定しましょう。組織のミッションを再定義するというのは、例えば軍事紛争が発生したら現地事務所の運営を続けるか、ビジネスを一時停止して従業員を避難させるかといった決定です。平時なら時間をかけて情報収集して決定できますが、有事にはミッションの決定が先になります。そして有事の際にそのように決定できるようになるには、平時から常にビジネス環境に関する情報を収集・分析してシナリオを準備しておく必要があります。有事において組織が麻痺する最大の原因は、平時の備えがないことにあります。

仮説の引き出しを多く作るというのは、外れても構わないのでできるだけ多くのケースシナリオを準備することです。情報収集を続けている間にも、情勢は刻々と変化します。この時に、想定する仮説が少ないと、取りうる選択肢が自然と狭まり、組織の行動の自由が小さくなります。有事の現場では、限られた情報から考えられるあらゆるシナリオを作り出し、入手された情報で蓋然性の低いシナリオを閉じる作業が必要です。
このような事態は、現地の情報収集・分析能力が乏しい場合もさることながら、有事対応にあたって中央の統制が強い組織にも起きがちです。「本社はこのように考えているからこうしろ」という指示が現地情勢と全然噛み合わず、かえって現地の対応力を送らせてしまうことがあります。

最後の「ミッションの優先順位を与えること」というのが、最も重要かつ実行困難なものです。何も特別なことが起きていない平時の状況では、経営戦略の主眼は戦略目標達成のための経営資源の配分、配置、運用です。一方、有事における経営戦略では、組織生存のために、限られた経営資源をどう選択し集中させるかということになります。言い換えれば、組織のサバイバルのために何を活かし何を捨てるかということです。
災害現場でのトリアージがその例です。自然災害が発生すると、多くの負傷者が発生します。その中には手当てをすれば命が助かる負傷者と、死を避けられない負傷者が混在しています。医療資源が限られる中で誰から手当てするかの優先順位をつけるのがトリアージです。現場の医療スタッフの心労は測り知れないですが、それをせず、皆平等に助けようとすると、結果的に負傷者全員が取り返しのつかないことになってしまいます。
「何を救い、何を捨てるか」の決断では、捨てられた側に対するフォローが不可欠です。それがなければ捨てられた側はその決断に反感を持つのみならず、そのような決断をした経営者や経営層を見て、組織の人心が離れ士気が下がることにつながりかねません。戦地でさらに犠牲が発生するかもしれないにもかかわらず、戦死や負傷した兵士を回収・後送するのは、最悪の事態であっても自分を故郷に帰してくれことが、兵士個人の組織への信頼の源泉になるからです。
「何を捨てるか」の決断は、経営者にとって最も辛いものですが、その決断をサポートするための情報活動が、有事のビジネスインテリジェンスの真髄であるといっても過言ではありません。

長文になりましたが、現時進行中のウクライナ情勢を前に、元自衛官として複数の海外ミッション、自然災害、航空事故の情報収集・分析に従事した経験から、中小企業診断士として有事のビジネスサポートについて思うところを述べました。何かの参考になれば幸いです。

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