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「いじり」の境界線が見えた、深い話し合い

今回は彼女と深い話し合いをすることで見えてきた、「いじり」の境界線についてお話しできたらと思います。

最初に結論から言ってしまうと、「いじり」の境界線は、いじられた相手の主観的に許容できるかどうかです。許容できる範囲を超えた場合は、「モラハラ」、「いじめ」、「虐待」というような領域に踏み込んでいってしまうと思います。

という、さも当たり前かのような結論ですが、ここに至るまでに起きたことと、そのとき感じたことを話していきます。

もし、お時間ある方はお付き合いください。


僕が彼女を「いじった」

ある日、僕と彼女が遊んでいたとき、不意に彼女が、「(僕)の方から私に抱きつきにくることって少ないよね」という風に言いました。

そのとき、僕が思ったのは「自分から行こうという気持ちが少ないっていうのはあるのかもしれないけど、それよりも、抱きつきに行こうとしてもなんか違和感を感じるから抱きつこうって気持ちがなくなってしまうことの方が原因なんじゃないかな」ということでした。

なので僕は、こういう風に動いたら、抱きつきたくなるなって動きを教えようとしました。「お前が抱きついてやればいいだろ!めんど!」っていうツッコミを自分自身に入れているところはあるのですが、そう思ってしまったということもまた事実なので、ある程度は尊重できたらと思います。

僕が彼女に感じた違和感をあえて言語化すると以下の通りになります。

  • ほとんどの場合、彼女の体の向きが違う方を向いていたり、僕が進む方向に手や足があって若干邪魔になっていたりする。

  • もし、抱きつこうとして近づいても、体を開いたりとか体勢を変化させたりしてやりやすいように調節してくれることが少なく、あんまり近づいて欲しくないのかなと感じてしまう。


それで、こうなったらいいと思ったポイントをあえて言語化すると以下の通りになります。

  • 抱きついてきて欲しいなって思ったときには、なるべく体を相手の方に向けておく

  • 抱きついた瞬間に心地が良いという体験を相手に持ってもらうために、ギリギリ相手が理性で感じない程度に、相手が抱きつきやすいような位置に体を調整する

僕は別にこんなに考えてやっているってよりかは、なんとなくの感覚でやっているので、頭で考えていると思われると恥ずかしいのですが、こんな感じを目指して教えようと思いました。

彼女は「いじり」によって泣いてしまった

彼女は、上にあげたような僕の謎の繊細な感覚についてはよくわからないようでした。彼女は、僕からしたらありえないと思うような動作をして、僕は思わず大笑いました。
なんで笑ったのかを言語化するのも変なのですが、理由としては、
僕が指摘した、「あくまで自然に、進行方向の邪魔にならないようなポジションどりをしよう」というようなことの真反対である、「不自然に進行方向の邪魔になるようなポジションどりをする」という行為をしていたことが面白いと思って、思わず笑いました。

正確にいうと、僕的には「あくまで自然に、進行方向の邪魔にならないようなポジションどりをしよう」ということを全力で、細かく丁寧に教えていたつもりだったけど、僕から見たら、それを全く覆すような「不自然で進行方向の邪魔になるようなポジションどり」を彼女がしたことがおもしろかったです。

僕が大笑いしたとき、彼女は泣いていました。

もちろん、嬉し泣きとかではなく、悲しい方の涙です。マイナスの方のやつです。

そのときに僕はすごくモヤモヤしました。その感情の内訳を今になって言語化してみると以下のようになるかなと思います。


泣かせてしまってごめん。悲しい思い、マイナスの感情を感じさせてしまったことはごめん。だけど、僕は悪いことをしたという感覚が存在しない。むしろ、プラスになるようなことをしたような感覚がある。なのに相手が感じている感情は悲しいとか悔しいとかのマイナスの感情を感じている。そして、これはコミュニケーションの方法が違うとかではなく、自分の伝達がある程度しっかり伝わった上で齟齬が起きているな。自分と相手で同じ事象に対して大きく異なった見方が存在していて、これは話し合っとかないとなんか大きなズレになりそうだな。モヤモヤするわ。

いじりの境界線は相手の主観にある

おそらく、僕にとって彼女の動作を笑うという行為は「いじり」であったと思います。「いじり」を自分の感覚的に定義をすると、僕から見ておかしいなと思った行動を、「おかしいからよくない」「できてないからよくない」「直さないといけない」ものとして存在させるのではなく、「面白いもの」「別に存在していてよいもの」として存在させることになります。なので、「いじり」は僕にとってはプラスの意味です。

しかし、その「いじり」によって彼女は悲しい、悔しいとかのマイナスの感情を感じて泣いてしまった。彼女は傷ついて泣いていた。

彼女が言うには、自分が真剣にやっていたことを「笑われた」ことで感情が大きく揺さぶられて、悲しいような悔しいような恥ずかしいようなものを感じて、涙が出たそうです。また、僕が求めていること、やって欲しいと思っていることが、できなくて自分を責めるような感情もあったそうです。

この時点まで見ていただいた皆さんは、おそらく、
もうそんないじりをしなければいいじゃん。可哀想だからやめてあげなよ。って感じになると思いますし、何より僕がそう思います。

主観的に悲しいと思うところを、いくら僕がプラスに言おうが、悲しいものは悲しいです。だからこそ、そこは受け入れる必要はあると思います。
受け入れずに無視して進めた結果、それは「モラハラ」、「いじめ」、「虐待」といった領域に進んでしまうのだと思います。

だから、相手が傷つくと感じることは言うのはやめましょう。










と、単純に結論づけて終わらせてもよいでしょうか。ここまでで終われば非常に綺麗な文章なのですが、このままだと、僕の心のモヤモヤが晴れるわけではありませんでした。

「僕」の視点からだと、良いことをしたつもりなのになんで泣いてるの?僕が良いと思ったことをやると悲しい思いをさせてしまうのかな。なんかそういう状況が悲しい。
っていう思いもありました。

だから、まだまだモヤモヤしていたんです。

少しさかのぼってもらうと、「僕」は彼女に対して、
プラスの意味で行動を起こしたことになります。言い換えれば、彼女に喜んで欲しいという善意の意味でやっています。もちろん、方法は良くない部分があったかもしれません。

でも、「僕」に相手を思いやろうと思っている気持ちがあったということに対しては良いよっていってあげることが「僕」にとって大事だなって思いました。


今、読んでいる人の中には、なんでこんなどうでもいいことで引っかかるんだと思う方もいるかもしれません。
それは「あなた」にとって、とても正しいことです。
彼女が、僕の「いじり」で悲しいと思ったのも、
僕が、彼女が「いじり」で泣いたことに対して悲しいと思ったのも、
その人の主観にとって大事だったということに過ぎません。
大事じゃない人にとっては、取るに足らない、どうでもいいことかもしれません。どっちが良いとか悪いとかではなく、そういうもんです。

だからこそ、その人の主観を大事にするということは、相手を大事にしているというメッセージの1つなのかなとも思います。


このままだとぶつかるお互いの思い

今回の件では、このままだとお互いの思いがただただぶつかってしまってしまいます。なので、お互いの譲りたくない思いをちゃんとみた上で、妥協点を探すことにしました。

(ここから先はかなり深い話に突入するので、覚悟のある方はどうぞ)

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