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『一人二役』江戸川乱歩

読み終わった後、なんとも言えず温かい気持ちになった。結末への安堵と、上手いことしてやられた!という感じがして、ちょっと頬が緩む。

「この調子なら、先生やっぱり仲睦じくやっているな。そこで、僕は窃に、御両人を祝福したことであった。」

最後の言葉がそのままわたしの気持ちにもなった。

江戸川乱歩の作品をきちんと読んだのはこれが初めてで、あらすじを読んだり人伝に聞くと「エログロナンセンス」とか「怪奇的」とかいう印象ばかりが強くなっていた。
わたしはそういうのも大好きなので、どんなものかな、と思ってまずは短編に手をつけてみたのだけど、この作品に限っては拍子抜けし、またいい意味で裏切られた。
「人間、退屈すると、何を始めるか知れたものではないね。」
という冒頭の一文に、どんな凄惨な出来事が起こるかと身構えた。けれど、読み終わってみれば何だそういうことか!と肩透かしをくらったような気持ちになり、でもそれに一切の悪い気がせず、終いには手を叩いて喜びたい気持ちになる。
予想していたのとはまた全然違ったけれど、これはこれで素敵な作品だ。極々短い話で、人間関係のごたつきというか、ともすれば湿っぽかったりしつこくなりがちな部分がさらりとまとめられて物語が進んでいくから、読んでいて気持ちがいい。
「一人二役」はミステリーものでもよくよく目にするトリックの一つかと思うけれども、それをこういう形で短く面白くまとめてしまうのは、江戸川乱歩という作家の、才能の光の一筋なのかもしれない。

他の作品も読んでみたくなった。

(2020.7.2 朝読了 文鳥文庫017 文鳥社)

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