244.彼の気持ちを聞いたら。

異動が決まってから電話でじっくり話すこともできず、会ってから初めてちゃんと異動のことについて話せた。

まず、彼は9割方は残留だと思っていたらしい。奥さんも子どもたちも、都会に出てくる気マンマンでいたと。きっと子どもたちは「わたし、遠くに引っ越すから転校しちゃうんだ」とか、友だちにしんみりと話していたに違いない。

しかし、彼は数年前から上司との面談で「上の子が中学生になる前に帰りたい」と言い続けていたから、会社としては希望通りにしてやったということになるだろう。
それに年末、「家族がどうしても一緒に住みたいと言っている」という相談を上司にしていたから、それを受けて急いで人事に話を通したのだろう。それが、彼が今回異動になった大きな理由の一つだと私は思う。

古巣に戻れるのに、彼は喜んでいなかった。むしろ帰りたくないなぁ、と言い出した。帰っても仕事内容が楽しくなくて会社辞めるかも、とか。
私はそれを聞いて複雑だった。帰りたいと言い続けていたのはあなたのほうなのに。
そして、
「マイさんにも、会えなくなるし」という言葉で、私に感情が戻った。

内示当日は泣いたけど、翌日からは泣くこともなかった。ずっと、表面的なことしか私は言わなかったから。ご家族にとってはこれが一番良かったですよ、知り合いもいない、住んだこともない土地に引っ越すのは負担が大きすぎるだろうし、って。自分の本当の気持ちを置き去りにしたまま、これが"彼にとってベストなんだ"と言い聞かせて、自分は飄々としてるフリをしていた。

「私に会えなくなるの、寂しいんですね」
「そりゃあ寂しいですよ」
「・・・話すと泣いちゃうから、これ以上言わない」
そう言って両手で顔を覆った。

どっちにしても4月から状況が変わることは覚悟していた。今まで通り連絡を取ったり、会ったりすることはできなくなる。
毎日家族と一緒に暮らしているということに私が耐えられなかったかもしれない。
彼が帰省するときにいつも寂しいのは、距離が離れることよりも家族と一緒にいるのが理由なのではないかとずっと思っていた。自分のものにはならないことをまざまざと思い知らされるようで。
だから、毎日家族のいる家に帰ることを想像すると辛くて、変に繋がっているよりいっそ遠くに行って忘れたほうが良いのかもしれない。距離が離れるほうが諦めもついて良かったんだと。
でも好きな気持ちは変わらない。
こんな関係だから、いつかこうなることは分かってはいたけど、お互い好きなまま別れないといけないなんて、あまりにも切ない。

そんな趣旨のことを泣きながら話すと、彼はそっと抱きしめてくれた。

彼は、"もちろん会えないのは寂しいけど、会えなくても平気なんだ"と言う。計6年間も単身赴任していて、最初なんて海外赴任だったから、奥さんや子どもたちに数ヶ月に一度しか会えなかった。
6年間、離れて暮らす間も、家族と連絡をマメに取り合って彼はずっと家族の一員だったから、離れてても心が繋がっていればなんとかなると思えるのかもしれない。
私の部署は年に2回、全国に出張の機会があり、そこで彼の職場を出張先に選んだら確かに会いに行ける。
高額な旅費はかかるけど、私には自由に使えるお金もあるし。

彼の話しぶりから、"私と別れたくないんだ"と確信した。

彼が別れる気がないなら、自分の気持ちを押さえ込んで、自分の気持ちを騙して痩せ我慢をして連絡を断つ必要もない気がしてきた。
もし、会えないことが理由で気持ちがだんだん冷めてしまえば、それまでだったと思えばいい。やってみなきゃわからないことなんて世の中たくさんある。不倫だって自分が経験することになるとは思いもよらなかった。
端から諦める必要はないと思ったら、急に霧が晴れたような感覚になった。

今回のデートは本当に楽しくて幸せな時間だったから、翌日の夜に「大好きだなーと思って今日は過ごしました」とメールしたら「大好きかー、そっか、一緒ですね。」と珍しくラブ味多めで返ってきた。
こんなに好きなんだから、やったことないことを試してみるのもいいかもしれない。

・・・というわけで、

別れるのやーめた!!

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