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街角の商い イルクーツクの8月

シベリアの街・イルクーツクの8月は、凍える大地というロシアのイメージとは裏腹に、昼間になると気温が25度まで上がる。通りを歩くと、乾いた風が肌をなでて気持ちがいい。

2017年、留学でイルクーツクを訪れた筆者は、語学学校の授業が終わるやいなや教室を飛び出し、足が疲れるのも構わず街を歩きまわっていた。気持ちのいいお天気のなか散歩したくなるのは現地のロシア人も同じようで、店に入って買い物をするわけでもなく、みな通りをうろうろしている。

そんな人々をターゲットにしているのだろうか、イルクーツクの街角には、露店が出ている。
 
露店とひとくちにいっても、形式はさまざまである。

2017年当時、ハンドスピナーを売る露店が乱立していて、それらは折り畳み式の机に商品を並べただけの簡素な造りだった。机の後ろには、売り子のおばちゃんが、眉間に皺を寄せて座っている。なぜ眉間に皺を寄せているのかというと、理由はわからないが、ロシア人のおばちゃんというのは、たいてい眉間に皺を寄せている。

ハンドスピナーは、ひとつひとつ入れ物に入れられ、机一面に並べられている。日本ではブームが下火になった頃だったので、売れるのだろうかと気になってしばらく見ていたが、誰も足を止めない。

時折、小さな子どもが露店の前を通ると、おばちゃんがこれ見よがしに机の上でハンドスピナーを回す。子どもは興味を引かれおばちゃんに近づこうとするが、「あんたなに見てんの、買うわけないでしょう」といった調子のお母さんに手を引っ張られ、その場を去っていく。

見物客を失ったハンドスピナーは、そのまま入れ物の中でゆっくりと回っている。

一方、アイスクリームの露店は、プレハブ小屋である。値段も商品の写真とともに印字され、ハンドスピナーのそれと比べると立派に見える。売り子も、高校生くらいの青年だ。こちらは眉間の皺がなく、無表情で通りを見つめている。

ロシア人はアイスクリームが大好きだから、青年が無表情でも、客がひっきりなしに来る。子どもが露店の前を通っても、青年はアイスクリームを見せびらかす必要はない。子どもが「食べたい!」と言えば、お母さんは「何味にするのか早く決めなさい」と答えて財布を取り出すからだ。

子どもはアイスクリームを受け取ると、包装紙をビリビリと破り、無我夢中でかぶりつく。横にいるお母さんも、子どもに小言を言いながら、自分のアイスクリームを食べている。

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それから6年、わたしはグーグルマップでイルクーツクの街を拡大してみた。

露店のあった通りを、ストリートビューで歩いてみる。6年前に人々が気ままに歩いていたそこは、舗装工事のためか道の中央を三角コーンで塞がれ、露店は跡形もない。

再びイルクーツクの土を踏める日はくるだろうか。
眉間に皺を寄せたおばちゃんと、机の上で回るハンドスピナー。
アイスクリームを無表情で売る青年と、買う親子。

イルクーツクの8月には、忘れられない風景がある。

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