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3月の日記-全部食べちゃうよ?

0301
いつもいくチェーンではない喫茶店に中学生くらいの女の子ふたりが「すごーい」「かわいいねぇ」と入ってきた。ちょっとそわそわしているのが伝わってくる。運ばれてきたカプチーノとマフィンのセットを店員がいなくなってから「お客さま、どうぞ」とお互いに勧めあって笑っている。
「わたしまだ、一人でお店入ったことないんだよね」
「え、わたしなんでも入れるよ」
「すごいじゃん」
「昨日一人で中華屋さん入って、唐揚げが食べたくなって入って、ついたら油淋鶏頼んだのね、なんでだと思う?」
「期間限定だったから?」
「あ、そうじゃないと思う」
「あ、正解当てる感じじゃないんだ」
「うん、自分でもわからないから聞いた」
「あー、でも唐揚げと油淋鶏並んでたら油淋鶏かなって思わない?」
「わっからなくもない」
「確かにね」
「うん。マフィン美味しいね」
「美味しいね」

0302
すごく久しぶりにカラオケに行く。新宿で待ち合わせというので新南口にいたら「新南口使う人なんていないよ?」とたしなめられたので、「は?いるし」と言い返してみた。
あまり歌が得意ではないので一緒にいる人をうまさで盛り上げたりはできないけれど歌うのは楽しい。多分少なくない人がそうであるようにandymoriをうたった(え、歌うよね?)。
出るまであと8分になった時に相手の入れた曲はわたしがその人におすすめされて好きになった曲で、つまり、その人を通して知った曲だから、歌っている間不思議な感じがした。「武道館の一列目でね、この曲聴いて号泣したんですよ」そう話した人が気持ちよさそうに(そしてとても上手に)その歌を歌っていた時の、瞳に反射するDAMチャンネルの眩しすぎる光。そこを通して武道館の感動も微かに伝わってきたような気がした。良すぎて終わった後ちょっとわたしは無口になった。

0303
日中は日記祭で知り合ったnishino kobayashiさんと散歩をした。品のある人だったけれど、街が混んでいて喫茶店を探していた時、最悪ドトールにしましょって言ってくれて、その柔軟さがとても良いなと思った。
お昼を食べた後代々木公園で物語シリーズの話をした。終物語で「これはあなたの青春なんですよ」と扇ちゃんが言った時、自分に向けて発せられたような気がして、「ああ、物語シリーズはもう卒業なんだ」とか思っていたけれど、いや全然、今もずっと自分に最も影響を与えている作品の一つであることに変わりないことがわかった。
ドッグランに向かう犬をぼんやりと見ていた。昔の恋愛の話をしながら、羽川翼のことを考えた。シャボン玉を広場で飛ばす男の子をやりすぎだろ、と思ってみてた。勧められて攻殻機動隊を観ることにした。またこの人と会うのだろうと思った。

夜はミレーの枕子さんのライブをパートナーと観に行った。「ちょっと、格好良すぎる、凄すぎるでしょ、何あれ、は?」とパートナーが終わった後ずっとちょっと怒りながら興奮していたのがよかった。「あんなん好きにならない方がおかしいでしょ」「まあ、そうなんよな」といいながら茅場町の空いている中華を探したがなかったので新宿まで戻って食べた。チャーハンの油がきつくて「もう無理〜」と言っていたら、「全部食べちゃうよ?」と言ってペロリと食べてくれた。
帰り道のあずさの中、カセットに入っている自分が書いたライナーノートの最後の文章を読んで「わ、この人いいことを言っている」と思った。ミレーの枕子さんが音楽を続けてくれていてよかった。

0304
仲のいい上司とそれぞれの終わらないタスクにあーだこーだ言い合いながら遅くまで残る。森見登美彦の最新刊を読んでいる影響もあるけれど、「こっちの世界にいるわたしは本当のわたしなのか?」と不意に思った。小説を書いたり舞台の演出をしたりバンドをしたりするのではなく、会社に入って仲のいい上司ができて、パワポとエクセルで終わらない資料作りをしている。このなんかまっすぐに幸せな暮らしは、本当のことなのだろうか。まあ、とりあえずその一日が楽しかったこと、それだけでもしかしたら十分なのかもしれないけれど。

0305
森見登美彦の「シャーロック・ホームズの凱旋」を読み終わる。とんでもなかった。ずっとそのことを考えてしまう。わたしは「四畳半」や「夜は短し」といういわゆる初期の代表作ももちろん好きだったけれど、そこから特権的に森見登美彦を好きになっていったのは「ペンギン・ハイウェイ」「夜行」「熱帯」という物語たちだった。今作はその物語の一つの到達地点のようだった。新エヴァみたいに、4作を通して物語の彼らがこちら側へ帰ってくる。

0306
昨日の夜たくさんの雪が降って、まだ街にそれが残っていた。森見登美彦のインタビューやら過去記事やらを漁ってばかりで全く仕事に手が付かない。結構終わらせなくてはいけないものがたくさんあるけれど、それらはなんだか瑣末なことのような気がしてくる。本当にわたしがいる場所はこの仕事場はないのだとかそんなことを思ってしまい、大きめの鬱々しさにやられた。

0307
少しずつわかってきた自分の生活のことを、この2ヶ月の多忙さの中で全部忘れてしまったような気がして、また一個ずつ積み上げていくような感じだ。わたし、ぜんぜん頑張れないし、器用じゃないし、けれど多分自信を持ってやっていかなくちゃいけなくって、「わたしのだいじょうぶさ」と「わたしのだいじょうぶじゃなさ」両方が他の人を「だいじょうぶ」に連れていく、そんなふうになっていければいいと思ったりした。夜、友達と電話をする。頑張ったことを称える時に「大型犬だったらもふもふとやりたいくらいえらい」というのがめんどくさくなってふたりで「それは大型犬ですね」と言い合う。

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