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映画『悪なき殺人』感想 偶然が隠す哀しい滑稽さ

 あまり書くと、どうしてもネタバレになってしまうので、今回は短め。映画『悪なき殺人』感想です。

 フランスの山中にある寒村にて、事件は起きる。農場に暮らす人妻のアリス(ロール・カラミー)は、母親を亡くしてから精神を病んだ農夫のジョゼフ(ダミアン・ボナール)と不倫関係にある。夫のミシェル(ドゥニ・メノーシェ)との関係は冷え切っていて、アリスにとってはジョゼフとの時間が心の拠り所だった。
 そんな日々の中、エヴリーヌ(ヴァレリア・ブルーニ・デデスキ)という女性が失踪したと報道される。彼女の車は、ジョゼフの家の近くに残されていた。アリスは事件にジョゼフが関係していないか不安になるが、その失踪事件には、様々な人間の行動と想いが、複雑に絡み合っていた…という物語。

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 ドミニク・モル監督によるフランス映画作品。全くのノーマークでしたが、新宿の武蔵野館で別の映画を観た際に、大きく上映予告の広告が打たれているのが目に留まり、評価も高そうなので観ようと決めました。結果、まだまだ自分のアンテナも捨てたもんじゃないと、悦に入ることができました。

 この作品は主人公1人の視点ではなく、複数の主人公からの視点を描いて、全体像を見せるというスタイルの作品ですね。こういった手法は少なからずあるものですが、かなり質とレベルは高いものだと思います。
 1人の女性の失踪事件が、どのように起こったのかという事が明かされていくミステリーの体ではありますが、作中の主人公たちはその事件の真相、あるいは事件が起こっていることにすら気付かない人間ばかりなんですよね。つまり、この作品をミステリーとして捉えているのは、観客だけという構造が面白い仕掛けになっています。

 不倫の愛にすがる人妻、死体に魅せられる病んだ男、自分の愛を押しつけるレズビアンの女性、ネット上に出会いを求める中年男性などなど、少しずつ関係のある人々が連なっていき、舞台はフランスから、海を越えてコートジボワールまで広がっていきます。
 主人公同士の関係性はそれぞれ希薄ではあるんですけど、どの人物も共通しているのが、行動動機が恋愛感情になっているんですね。これがフランス映画らしくて洒落ていると感じました。

 それぞれの話は、儚い短編恋愛物語のようで、オムニバス作品のような意味合いも持っているように思えます。それらの短編を、サスペンス事件として繋いでいる脚本の妙がとても巧みですね。

 出だしこそは、かなり不可解なミステリーで恐怖心を煽る演出ではあるんですけど、全体像が見えてきて、それぞれの恋愛物語というのが解ると、非常に滑稽に思えてくるんですね。
 それぞれの主人公が少し勘違いや誤解をして、真相が見えなくなっている様は、アンジャッシュのすれ違いコントと同じ構造になっているので、そこを理解するとサスペンスよりはコメディとして捉えられるようになっていきます。物語の真相と共に、この変化を感じ取れる作りになっているように思えました。

 終盤でのミシェルがチャットのやり取りを続けて笑顔になってしまう場面、哀しいけど笑ってしまいますよね。こういう哀しさと可笑しさが紙一重の感情って好きなんですよね。お笑いでも、少しだけ哀しい感情が入っているのが一番好きだし、音楽なんかでも、どれだけ明るい曲調だとしても、とても良いメロディには泣きそうになる感情が湧いてきます。

 ラストシーンで、コートジボワールからフランスに戻るのも洒脱な巧みさですよね。循環構造で、人生は偶然で全て繋がっているという恐ろしさ、空虚さを表現しているように思えます。
 人間の滑稽さ、醜さを描いていると共に、広い意味で、人間が愛すべき矮小な存在ということも描いているように感じられました。
 フランス映画ぽくない雰囲気ながら、どこまでもお洒落で紛うことなきフランス映画作品でもありました。


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