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映画『サマーフィルムにのって』感想 「好き」という肯定感の心地好さ


 キラキラした青春ですが、オタク人種に対する優しさに溢れています。映画『サマーフィルムにのって』感想です。

 高校で映画部に所属するハダシ(伊藤万理華)は、時代劇オタクで特に勝新太郎の大ファン。だが、自分の書いた時代劇脚本は部で採用されず、キラキラした恋愛映画ばかりを撮る部活動に嫌気がさしていた。放課後は、天文部のビート板(河合優実)と剣道部のブルーハワイ(祷キララ)と、溜まり場にしている廃バスの中で、名作時代劇を観てはチャンバラ遊びで殺陣を再現する日々。
 ハダシは映画館のリバイバル上映を観ていたところ、自分の脚本作品『武士の青春』の武士役にイメージピッタリの凛太郎(金子大地)と出会う。創作意欲に火が点いたハダシは、凛太郎を強引に説き伏せて、ビート板とブルーハワイ、その他個性的な仲間を集めて撮影チームを結成。文化祭でゲリラ上映をして、映画部の恋愛映画をぶち壊してやろうと計画する。だが、凛太郎は大きな秘密を抱えていて…という物語。

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 監督を務めた松本荘史と脚本家の三浦直之によるオリジナル脚本で制作された映画。方々で評判だったため、ロングランヒットとなっており、夏が終わるギリギリのところで観ることが出来ました。

 冒頭、ハダシとビート板、ブルーハワイの3人のキャイキャイしたやり取りで、一発KOでした。オタク的だけど、淀んでいない感じ、純粋な「好き」が詰まっているのが最高ですよね。主演の伊藤万理華さんは存じ上げませんでしたが、元乃木坂46なんですね。漫画みたいにコロコロと変化する表情が凄く魅力的です。

 この3人の感じは、漫画『映像研には手を出すな!』の主人公3人とよく似ていますね。あの作品をモチーフにしているのは明らかだと思います。
 さらに言うまでもないのですが、凛太郎が未来から来た少年というのは、『時をかける少女』設定ですよね。『映像研』と『時かけ』をベースにしている作品だと思います。

 『映像研』が漫画作品でありながら、アニメ制作の細かいディティール、リアリティにこだわっているのに対して、実写映画である本作は、リアリティよりも漫画的なダイナミズムを優先して作られているように感じました。結果として、『映像研』と同じくクリエイターの「好き」という感情が溢れる作品になっているのが面白いんですよね。

 この漫画的なリアリティの無さが、ダメな人にはダメかもしれませんが、自分にはすんなりと受け入れられました。伊藤万理華さんの極端だけど、わざとらしくはない表情と演技による効果だと思います。
 それと、何といっても「自分たちが好きなものが最高」という肯定感が画面上に溢れていて、そこに嘘偽りのない感情が表現されているのが良いんですよね。映画製作としての細かいリアリティはないかもしれませんが、映画を作るうえでの苦労や楽しさは、間違いなく本物が描かれていると思いますし、クリエィティブに関わる人、クリエィティブな作品が好きな人は、かなりの確率で気に入ると思います。

 恋愛映画を毛嫌いしていたはずのハダシたちに、図らずも恋愛的な感情が芽生えていくというのは、ベタな展開ではあるんですけど、すごく説得力があるんですよね。
 なぜならば、この作品の中で、恋愛の「好き」と映画の「好き」、仲間が「好き」という感情が、ほぼ同列のものとして描かれているからなんだと思います。決して、恋愛第一至上主義での展開ではないんですよね。

 10代のころの恋する感情は、友達や仲間に対する親愛の延長上にあるので、とても腑に落ちるものでした。性的な要素を感じさせないのも大正解。もう高校生だから、厳密に言えば性的要素があってもおかしくないんですけど、ハダシたちの価値観や関係性は小学生に近いので、これがベストなんだと思います。

 映画部の「好き」という台詞しか言っていない恋愛映画が、ハダシたちの時代劇、ハダシたちの現実にある青春も「好き」だけが詰まっていることの現れになっていくのが面白い構造になっているんですね。

 ラストの展開も、また好きなんですよね。あの判断は、クリエイターとしては全くのアマチュアな行為なんですけど、心情としては物凄く解るし、そのアマチュアさが、ハダシの初監督作品であることを強調していると思います。こうして見ると、映画ってなんて効率の悪い作り方なんだろうと思ってしまいますよね。けど、その効率の悪さが、想いの強さにも感じられるし、愛される理由なんだと思います。これを未来に受け継ごうとするメッセージには感動させられました。
 クライマックスは、入り込めてない状態で観ると、何を観せられているのやらと思ってしまうかもしれませんが、入り込んだ状態だと、あの殺陣がたまらなくカッコ良いし、感動的なんですよね。

 今作を吉田大八監督の『桐島、部活やめるってよ』と比較する人も多いようですが、あちらは青春の暗い影を描いていたのに対して、こちらはもっと青春に対する肯定感が強いですよね。クライマックスが文化祭での盛り上がりというので、自分としては山下敦弘監督の『リンダ リンダ リンダ』に近いものを感じています。

 いやー、今作の登場人物全て愛おしいです。伊藤万理華さんも素敵でしたが、ビート板役の河合優実さんも凄く良い演技でしたね。『佐々木、イン、マイマイン』から注目でしたが、今後ますます目が離せない役者さんです。

 こんな世の中だからか、悪いキャラが出て来ない作品がより強く刺さるようになってきていますね。けど、単純に自分が年とったせいかもしれません。


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