見出し画像

風 車  シロクマ文芸部

風 車    【708字】

風車に立ち向かっていくドン・キホーテか、それを冷静に見つめるサンチョ・パンサか。そう問われたら何と答えよう。
 

画家になりたい男は日々デッサンに明け暮れていた。絵の具を買えるほどのお金がなかったからだ。
ある日、男は大金を手にした。突然降ってわいた幸運に戸惑ったが、男には一つのことしか見えなかった。
 
取り立てにやってきた家主に溜まっていた家賃を支払うと、家主は言う。「残ったお金はちゃんと食費に回すんだね。でないと死んじゃうよ。そうしてくれないと、こっちはいい迷惑なんだから」と。
 
画材店に向かう途中で、男は長年の友人に出会った。
友人は言う。「今、お金があるんだったら、せめて半分は自分の体のために使え」と。
 
男は画材店にやってきた。
そこは男にとって宝の山だ。見るものすべてが宝石だった。男は買えるだけの絵の具をカゴに入れた。
画材店の主人は言う。「食べることもままならないようだし、せめて少しは食費に回したらどうだ」と。
 
キャンバスに向かっていたある日、男に幻覚が見えた。服の袖口からパンが突き出していた。それはカニパンのように先がいくつかに割れ、そいつが絵筆を握っていた。それは明らかに幻覚だと男にはわかった。男にはまだ大丈夫だと思えた。
男は寝る間も惜しんで、男なりの傑作を描き上げた。
しかし男はもうそこから立ち上がることはできなかった。
こと切れる寸前、男はまた幻覚を見た。みなが男の絵の前に立ち止まった。誰しもが男の絵を見たがった。
男の亡骸はしあわせな顔をしていた。
 

風車は夢であり、行き先である。どんなに無謀で愚かに映ったとしても、眼前にそれがあるならば、そこに矛先をむけよう。
一番悲しいのは風車がないことだ。
       了



小牧部長さま
よろしくお願いいたします。


この記事が参加している募集

私の作品紹介

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?