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エゴン・シーレ  シロクマ文芸部

布団からエゴンシーレの声がして、僕はそれに目を落とした。

僕はエゴンシーレの声なんて知らないのに。もうずいぶん前に亡くなっている、はず。死んだことさえ知らないんだ。死んだことを知らなくても、死んだって言ってもいいのだろうか。

僕は布団に耳を澄ます。エゴンシーレは確かにここにいる。その嗄れたか細い声の持ち主は栄養失調の上に乱れた生活を送っているに違いない。

WIKIで見てみなよ。と誰かが言う。
そうだな。数字が4つならまだ生きている。8つなら死んでいる。
いや、僕は人が生きているかどうかなんて、ほとんど知らない。僕に関係ない人、とは言わないまでも、僕の生活に影響のない人のことは。
だいたい人の死に立ち会うことなんてほとんどない。生きてるか死んでいるのかなんて、ほとんど伝聞だ。

「もう天国に帰ってよ」僕が布団に言うと、エゴンシーレはのそのそと姿を現した。
痩せっぽっちで射るような目をしている。
「僕が天国にいるってどうしてわかる?」
「君は天国にいるに違いないよ。君の絵は・・・」
「僕は生きているよ。君も知っているはずだ」
「いや、知らないんだ。君の絵ならたくさん知っているけど」
「僕の命はそこにある」
そう言うと、エゴンシーレは窓から新鮮な空気と入れ替わりに、青い空へ出て行った。

布団にはエゴンシーレの匂いがしている。彼はたしかに生きていた。
    564字

*エゴン・シーレは独自の表現を追求したオーストリアの画家。

 小牧部長さま
今週もよろしくお願いします。


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