見出し画像

逃げる夢 シロクマ文芸部

逃げる夢から覚めても、私の心臓は片時も休まろうとはしなかった。
私は必死で逃げようとしていた。何に追いかけられていたのか。いや、そんなことは問題じゃない。
 
ベッドを出て洗面所に入ると、真っ赤な口紅で「さよなら」と書かれていた。
ルージュの伝言かよ
私は石鹸を含ませたタオルで擦ったが、伝言の言霊は泡沫に紛れて、むしろ鏡一杯に蔓延っただけで、一向に追い払うことはできなかった。
まあいい
私は晴れやかな気分だった。恋の終わりというのは、こんな安っぽいシナリオチックなのがいい。
 
コーヒーを淹れた。いつもの習慣で二杯分淹れてしまったが、まぁいい。二杯飲めば済むことだ。
カップを流しに置いて、玄関に行くと、昨日まであった派手な置き靴がなくなっていた。
広いのはいいことじゃないか
玄関のポストを確かめると、やはり、思った通り部屋の鍵が入っていた。
これで彼女の処分は完了した。
 
しかしなぜだ。あれほど口紅はベンジンで拭き取ること。と調べておいたのに。
あの夢が良くなかったのだ。今度は背の低い、細身の子にしよう。そんな子ならキャバ嬢のように髪を振り乱して追いかけてはこないだろう。
そうだ。今度はスエードの黄色いスニーカーを買おう。
500字


小牧部長さま
今週もよろしくお願いいたします。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?