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サッカーの時間だから起きたら?

サッカーワールドカップ予選、コスタリカ戦の日、私は渋谷にいた。
マッチングアプリで出会った男と待ち合わせをして、なぜかワールドカップの試合を見に、スポーツバーに行くことになった。この日の渋谷は大変賑わっていた。
サッカーに全く興味がなかった私は試合の行く末より、中国系企業の広告がデジタルサイネージでバンバン表示されているほうが気になった。結局日本はコスタリカに負けたので、さっさと次の店に行った。そこでようやくまともに話して、それなりに人となりを掴んで解散した。
サッカーの試合の最中、何の反応も示さない私のことなど意に介さず、試合の行く末を見守りながら無邪気に悲喜こもごもの反応を見せ、終わったら終わったで「魚食いたいねん」と言って自分の好きな店を選ぶ。そういうわけで、その日は基本その男のペースで動いていたのだが、行動パターンに拘りのない私にとって、男のペースについていくことに心地よさを感じていた。

私はどうも、変わった男を好きになる。
多分家具屋の呪いの一つだと思うが、それに近いものをこの男に見出していた。ヒゲも生えていたし、いかついし、背が高いし。タフそうで、我が強くて、一筋縄ではいかなそうなところも。

家具屋のほうがかっこいいし、彼を超える男は今後一生現れないと今でも思っているけど、それでもようやく、「もっと知りたい」と思う人が現れたことを、少しうれしく思った。
二度と見ることのできない夢を追い求めるのももうしんどいから、それを塗り替えてくれる現実が目の前にあるのなら、どんな形でもつなぎとめていきたいと考えた。

私にしてはアプローチを頑張ったほうだ。ラインも途切れないように送ったし、定期的に会える機会を作ってもらえるよう、割とストレートにお願いもした。すると、わりと短いスパンで会う機会を何度か設けることができたし、有難いことに、今日現在まで関係は続いている。
続いているだけで、別に建設的な間柄になったわけじゃない。残念ながら断られてしまったので、仕方ない。そのわりに結局、2回目に会った時に体のつながりは持つことになってしまったけど。

話を戻そう。
で、この男とはサッカーワールドカップ開催中に合計3回会っていた。
1回目は渋谷で、2回目は男の家で。
2回目に会った時、男はワールドカップの行く末を最後まで見守ると言い張っており、「○時になったら○○戦見るから」とあらかじめ宣言された中で約束をした。なので、その時間までに家でセックスをして、観戦の時間を待つという感じだったのだが……試合が始まったのに、肝心の男はスマホを手に持ったままうつらうつらしている。
……まあ、夜も更けて温まった布団に二人寝そべっていたら、眠くもなろう。とはいえ男が楽しみにしていた試合だから、優しく頬をペチペチしながら「サッカーの時間だから起きたら?」と言うわけだが、なぜか首を横の振り、私を抱き締めて入眠し始めた。いや、おめえが観るって言ったんじゃねえかよ。
男の家に設置された立派なスピーカーから、アベマの番組ジングルが繰り返し流れる中、私が試合の内容を眠い頭で聞いてて、男ばかりがスヤスヤ眠っているのはどう考えても変だろ。

3回目は準々決勝の日だったか。
その日は私の家で鍋食べたいと言われたので鍋を用意していた。そういえば男に手料理食わせたのは久しぶりだった。そこそこ満足してくれたところでベッドに入ってセックスして、ほどなく試合の時間帯になった。だけどやっぱり男は眠い。「サッカーの時間だから起きたら?」と私は優しく囁いたが、やっぱり男は首を横に振って、私を抱き締めながら入眠した。
いや、だからさ……。

結局妙な時間に起きた男は、何かの試合を見ることに成功したようだが、結局それもかなり終盤になってからの観戦となったようである。
私がその有様を少しからかうと、男は悪びれもせずに「うまい飯食って酒飲んでセックスしたらそりゃ眠くなるでしょ」と言った。すっげーマイペース。

私的には、このマイペースさが変に心地よいと思っているのだが、こんなマイペースに振舞えるのは、自分が抱いている女が、恋人でも何でもない女だからなのかなとは思う。恋人だったらすっごく大事にするのだろうか。それはそれで腹立つけど。
ともあれ、この男の出現により少しばかり生活に彩が出たように思う。なるべく長く関係を続けていたいけど、どこまで続くだろう。ちょっと不安でもある。

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