【即興小説】 「精霊馬」
構成をしっかり立てず、最初の設定から展開、展開、展開ということだけで手の進むままに書いていく、「即興小説」という手法を自分で編み出し、たまにそれで文章修行をしている。
文章を書くときに考えすぎて先に進まなくなることがままあり、ときどき直感的にどんどん書き進める練習をする必要があるからだ。
note のAIアシストの機能がどこにあるかやっと見つけたので、せっかくだからお題をもらうことにした。「お盆」をテーマにした物語の案をもらうと、
という結果を得た。
お題には片っ端からこたえてしまうという習性があり、冒頭の
というのをそれでは書いてみる。
「精霊馬」
僕は行き詰まっていた。会社で経理の書類を作成していたときに、すぐ上の先輩から「これ、処理しといて」と小声で言われたからだ。いっしょにメモを渡された。レシートの裏に、わざとわかりにくくしたかのような殴り書きで『ケーキ』とあった。
先日の飲み会の話だ。
春日原先輩と、薫子先輩と、僕とで、その日なら経費で落とせるからという理由で、女性が接待をしてくれる店に言ったのだ。落ち着いた電灯の下で三名の女性が僕らの相手をしてくれた。先輩と向かい合って座った僕の席にも、顔はほっそりとしているが太ももは短いタイトスカートからはちきれんばかりのボリュームを持った脚の女性ーー同席していた薫子先輩はその女性のことを「あの下半身デブ?」と言っていたが、けっしてデブではないと思うーーが座り、その太ももが時折僕の体に当たるのが、僕にとっては刺激的であった。いや、それはともかく。
春日原先輩は、もともとその店の、リウという娘に目をつけていたらしい。リウは人気があるらしく、よく離席をしては別の娘が代わりにやってきてはその後また戻るということを繰り返していた。黒い制服をきた男性からリウに声がかかって話が中断されるたびに先輩はムッとした顔になっていたから、とにかくリウといっしょにいたいのだということはよくわかった。
話の流れで、その店の向かいにある夜中に開くドイツ洋菓子店のケーキが絶品なのだという話になった。客が持ってきて店で食べることがたまにあるのだという。すると僕がトイレに立とうとしたときに、「おい、ついでに買ってこいよ」と一万円札を渡された。
会計を済ませたのは二十三時過ぎであった。リウの指名料も込みで領収書を切った。エレベーターを降りてビルを出たところで先輩から「釣り」と言われた。先輩はリウに、気前のよいところを見せたかったようだ。僕は素でお釣りのことなんか忘れていたから、先輩は僕のほうからお釣りを返さないことをずっと気にかけていたのだろう。そう思うと小さい男だ。
釣り銭を返したが、それだけで済まなかった。先輩は「領収書は?」と言ったのだ。「え」とだけやっと言えて、それからたぶん舌打ちしたのが耳に入った。その日はそれで解散となった。
そのケーキ代だ。どうにか経費に繰り込んで先輩に金を返せ、ということのようだ。日付のある領収書を捏造せねばならず、それももっともらしい名目にしなければならない。
すぐには解決できなかった。その日は他の仕事もろくに進まなかった。それはお盆休みの前日の出来事であり、僕はそのまま田舎に帰省した。休んでいるあいだにどうにかうまい方法を考えなければならない。とんだ夏休みの宿題である。
昼ごはんどきに親父に、そのことを曖昧に相談したのはまずかった。
「上司の命令を無理難題ってなあ、お前」
「上司っていうか先輩だよ。班のリーダーではあるけれど」
「だから上司だろう。いいか、先に入った、年上、格が上はみんな上司だ。仕事っていうのは基本的に、上を立てるようにやれ。二年目のお前はまだ新人だ。お前なりの考えなんかどうでもいいから、上の要望に応えるという形で仕事を覚えていけ……」
はいはい。うんざりして、今年自立した弟の部屋にこもる(俺の部屋はとっくに父親の部屋になっている)。天井を見ながら蝉の声を聞いていても居心地は悪く、立ち上がってなにも言わずにサンダルをひっかけて、ふらり、外を歩くことにした。
暑かった。直射がこたえる。とりあえず公園を探すことにしたが、小さい頃によく行っていた公園はマンションに囲まれており人に見張られているような気がして通り過ぎた。ひたすら直進した先に、木陰のある小さな公園を見つけた。あいにくベンチは日向であったので、僕は木陰の下に立った。
後悔したのは、スマホを居間で充電していたことだ。持たずに出てきたので、やることがなくなった。しかたなくあたりに目をやる。クローバーが咲いている。ガラではないが、四つ葉でも探すか。
雑多に生えているクローバーは、水気を失った地面の上で、やせ細った感じがした。虫食いも多く、仮に四つ葉を見つけたところで持ち帰りたくなるような状態のものであるかどうかはあやしかった。
地面に目が向いたせいで、それまで目に入っていなかったものに気づいた。シーソーのある区画をしきるために赤レンガのブロックが置かれていたのだが、その奥にナスとキュウリにそれぞれ小枝を刺して四つの足にしたものが立っていたのだ。
精霊馬だ。現物は初めて見たかもしれない。今日はお盆だ。こういうことをする人が今もいるのだろう。たしか、ご先祖様が乗ってくる乗り物ではなかったっけ。
「あ、ごめんなさい」
どうして僕は人がそこにいることに気がつかなかったのだろう。悩んでいる自分には死角が多いのかもしれない。彼女は、木の陰にでもいたようだ。
目が合うと「工藤さん」と言われた。そこにいたのは、キャミソール短パン姿の、地味な女性であった。
たしかに僕は工藤だ。彼女は僕のことを知っていて声をかけたということになる。だが五、六歳は年下だと思われる彼女は同級生ではない。それに同級生ならばさん付けはない。僕の思考は瞬時にかけめぐった。
「あ、ミリ……」
さんにするかちゃんにするかで逡巡したら呼び捨てになってしまった。しっかり名前を覚えていたものである。
「なに脚を見てから思い出しているのよ」
先日キャバクラで隣に座った彼女だ。髪を盛っていないし、キャミソールが地味だ。思い出す根拠になるのは脚くらいしかなかったのだ。
「ど、どうして」
それからベンチに座っていろいろと話したわけであるが、とにかくたまたま彼女も、実家がこのへんであったということだ。このF市から隣の市に出る若者は多いので、それほど奇遇なことではなかったのかもしれない。
「ところで、あのしょうろ……」
言いかけたところで彼女が「あ、ごめんねー。うちでやるのもなんだからここでやっちゃったー」と言った。
「いや、悪くはないけれど」公園でやるようなものでもないのでは? と思ったが、詳しいことは知らないので黙った。
「これって呪いに使えるんだよね?」
違うと思うが、詳しいことは知らないので、たしかね、と答えた。たしかに呪いなら家ではやらないほうがいいだろう。
「ねえ、呪いたい人いない? だれでもいいから」
それが二回目に会う人に尋ねるべき質問かどうかはともかく、僕は真っ先に先輩のことを思い浮かべた。
「まあ、そりゃ」
「あっそう。じゃあさ、この釘をもってさ」
彼女はものすごく長い釘を持っていた。どっから出したんだ。
「刺してみなよ」
なんか怖かったが、彼女に逆らいたくなかった。僕は釘を逆手に構えた。いざ、キュウリに刺そうとしたところで、
「はーい、ストップー」
彼女が明るく制した。
「もういいでしょ。工藤さんはこれで、いつでもその人のことを殺せるから」
え?
「そうだよ。いつでも殺せるんだよ? なんせこの呪いは確実だからね。でもいつでもってすごくない? そう思うと、かなり余裕が出るよね」
ああ、うん、と僕は力なく答えていた。
去り際に彼女は、「もしかして呪いたい人って先輩?」と訊いた。
僕は迷った末に、「そう」と答えると、「そう。私はリウちゃーん」と答えて彼女は去っていった。
「先輩、ケーキ代です」
おう、とだけ言って先輩は上機嫌そうに僕からお金を受け取った。
領収書は細工しなかった。ケーキ代は僕のポケットマネーだ。でも少しも痛いとは思わない。
女性社員がいるのにキャバクラで豪遊、経費で女の子を指名、後輩に領収書の偽装を命じ困らせた末に自腹を切らせる。あ、あとついでにリウちゃんには強面のカレシがいる。
これらの事実だけでいつでもこいつを地の底に落とせるんだと思うと……僕は余裕すぎてほくそえんでしまった。
〈了〉
ふう。即興で一息に書くと、めちゃくちゃお腹が空くんだよね。
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