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書くのである 番外編 落語の書き方(1)

『書くのである』を(1)までしか書いていないのに、突然の番外編である。落語の書き方である。

べつに落語でなくても構わない。ここでは、まだアイディアが定まっていないときから書き上げるまでの過程を書いてみたい。

「アイディアが定まっていない」とは妙なことを書いた。ともすればこの言い回しが他の人の感覚には合わぬかもしれぬし、そもそもこの文章全体が、一般の皆様にはなんの参考にもならない可能性もあるが、How to ものの多くがそういう側面を持っているものが多いので、このまま話を押し進める。


1. 一から多を得る作業

アイディアとは、0から足し算で作っていくものかもしれない。たしかに今日の話はそれに近いところをやる。だが、自分の場合、少し違う点もあるので、最初にそれを踏まえておきたい。

アイディアというのは、なんとなくあるときがある。絵ならば白紙から始まるのかもしれないが、彫刻ならばどうだろう。最終的にそこに残る実態は、すでにそこにある石の中にあるはずだ。

ここから自分にとってはわかりやすい数学的比喩を使うが、物語を作るという作業も、文字のあらゆる組み合わせとまでは言わなくても、あらゆる可能性の物語の集合ーーそこには主人公が出かけもせず、事件が始まりもしない読むに値しない物語も含まれ、むしろそちらのほうがほとんどであるーーから、特定の物語を選択する、切り取る、取り出してくる作業、と言ってしまえる。するととたんにそれは彫刻と同じになるのである。

私の場合は白紙からも、石からも、両方から攻めていく、という感じで話を作る。今日はその、どちらかというと自分の感覚では、絵を描くほうの話である。


それでもモチーフは最初からある場合がある。そこから始めよう。お題と言ってしまっていいかもしれない。お題をいただければ、基本的にはそれで物語を作る。

これは私が即興で芝居をやってきたときに、お客様からお題をもらい演じる、という形でずっとやってきたことである。落語でも三題噺と言って、三つお題をもらってそれを利用した落語を即興で作ることがあり、私も好んで演る。

それさえない、というときは、なんでもいいから決めてしまえばよい。


お題があると、それはもう話を作るとっかかりをもらっているようなものだ。なんでも、雨ができる過程では、少し空気が汚れている必要があるそうで、小さな塵の周りに水蒸気が集まって水滴になるということを聞いたことがある。それと同じだ。核があれば、あとは発想が広がっていく。

(ちなみに私自身が、物語がないところから生まれていくのを体験できる過程なので、とても楽しみで幸せなひとときである)


発想を広げる上では、似たようなものから広げるという方向性と、異なものを放り込むという方向性がある。似すぎている、くっつきすぎている発想はただの平凡である。なにかは書けたとしても読ませるに値しない。異なりすぎたものは、ただ羅列しても意味を失う。

関連しているところから遠ざけていく、関係ないものから近づけていく、その両方のアプローチにより、気を引ける新しいストーリーが展開する。


まずはお題に対して、似たようなものを広げるというところから説明しよう。


これは簡単な話で、連想ゲームである。連合とも言う。あるものから想いつくものを広げていけばいい。想いつきかたにも、類似・因果・逆転・延長・・といった様々なものがあるのだろうが、あんまりそこらへんを意識してやったことはない。(アイディアで困った試しがないからだ。でも意識すると面白いかもしれないので今度やってみようか)。


このとき、よくやる連想法がある(毎度ではないが、物語より先にお題ありきなときはほぼやる)

「思考の花火」と呼ばれるものである。

中心となるテーマがあってそこから連想していく発想法の、もっとも有名なものは「マインドマップ」であろう。私はマインドマップはたまにしか使わないし、物語、とくに落語を作るときには使わない。ただ、原理はかなり近いものかもしれない。

 

「思考の花火」ではまず中心に、お題を書く。思考の花火はマインドマップと違ってデジタルなので、エクセルですぐできる。3×3の9マスのテーブルを、さらに3×3に広げたテーブルを作る。

他にもいろいろ書かれているがその説明は後に譲るとして、その画面を載せておこう。

思考の花火第一段階

すでに書き込んであるが、今回は極限値を扱った数理落語を作りたかったので、中心にはε-δ論法とある。

ここから連想である。その周囲8つのマスには、そこから思い浮かんだものを書いていく。

思考の花火 第一段階

類似したものばかりが書かれてはいないが、それでもよしとする。たとえばここでは「悪代官」というのが突然出てきたが、これは最初から登場させようという考えがあった。発想を広げる作業としてやっているので、場合によっては悪代官を中心においたテーブルをもう一枚書くことをしてもよい。ただ、だいたい1枚に収めている。そのほうが全体像を見やすい。

自動的に、中心の周りに入れていった言葉が、そのさらに外にある各9枠の中心に書かれるようになっている。ここで、この8つ(それ以下のこともある)の言葉について、また連想ゲームをするのである。連想した言葉からの連想である。


思考の花火 完成

こうして様々な言葉がテーブル上に広がることになる。これらが、物語を作る素材、原石となる。これといったものを、使用するモチーフとしてピックアップするのである。

もちろんこの時点では物語という流れが必ずしも見えてはいない。だから、なにを選ぶか、ということになる。そこは直感もあるが、私としては、なんか魅力的な言葉、物語を推進してくれる、あるいは輝かせてくれる言葉を選ぶ。

言葉の意味に注目することもあるが、単なる響きや雰囲気も重視する。ことによっては意味より雰囲気の方が大事かもしれない。そういう小道具は、必ずしも無くてもよく、物語の構成には絶対必要とは言えないこともあるが、そういうのこそが物語を代表する象徴的なものになることがあるからである。


概ね、作業の目的はわかったであろう。そこで、ここまでのコツを述べておく。

それは、作業のための作業にしないことである。ツールはそれ自体、完成させようという魅力をしばしば持つ。私があまりマインドマップを好まぬのも、美しく作り上げたくなる魔力が潜んでいるからである。またあれは終わりが決まっていないので、果てしなくやってしまう可能性がある。そんなことをしている暇はない。思考の花火で充分実用性がある。


物語を作るための言葉探しとしてのブレインストーミングをしているのだが、ブレインストーミングは、ひとつまちがえると無駄の多い作業となる。ベタな想いつきの、ひとつふたつ上の物語を作るためにこのような発想をしているのである。だから、義務的にすべてのマスを埋めようなどとする必要もない。

良い言葉が出てくるまで続ける値のある作業ではあるが、それ以上のものではない。この過程の途中ですでに物語が浮かんでしまうことがあり、その場合は、その筋に当てはまらないであろう言葉は、もはや書き込まない。

たとえばここでは、すでに悪代官を登場させる気持ちが固まっている。そうなると時代劇ということになる。そこに異なものを登場させて化学反応を起こすこともあるが、風呂敷を広げすぎるとただ荒唐無稽になるだけだ。

その辺の加減から、「微分」と思いついているが、下の欄に「ロケット」などとは書き込んでいない(この流れでなければ、他にも「運動方程式」とか「測度論」などというあきらかにこの物語には採用されない言葉も書き込んでいた可能性がある)。


さて、この表から言葉を選び出す前に、もう少し私が頭の中でなにを考えるかについて補っておいたほうがよいように思われる。

話の方向性がいくつか浮かんでしまうことがある。それはあらすじの候補が浮かぶこともあるし、その原型程度のものであることもある。


この表は私が読んで分かればいいように作られているので、他人が見てもなんのことやらであるが、それでも多少は読み解けるかもしれず、そういうことに興味をお持ちになるかたもいるかもしれない。少し解説しよう。

ここでは極限値が定まるという数学的な話を、もっとわかりやすい、それに関連した現実世界での出来事として表す必要があった。候補としては、「どんなに速く走っても鼻先の人参を食べられない馬」とか、「年の差がだんだん気にならなくなっていく」だとかいったことがあげられた。

ただ、連想自体は、なにかそういう方向性を持ってする必要のある作業ではない。どちらかというと、ベタに関係なくて良いから、新鮮な発想を得るために、少し遠いことでもいいからたくさん想いつくことに意味がある。

だから実際には、その、物語を収束させていく方向の発想と、発散させていく連想とを、混ぜた形で行なっていることになる。上の例では、「人参の馬ならこんなのもあるよな。年の差ならこんなのもあるな。それに関係なく、この言葉からはこんなの連想しちゃったな」などと考えて、手が動くところからマスが埋まっていく。


話を、言葉選びに戻す。

この表から、大体3つ、言葉を拾う。基準はすでに述べた。3という数字にこだわる必要はない。

画像4

私はここで、「(n+1)/n」「おなご」「年の差」「誤差・精度」という言葉を選んだ。この辺をうまく使えば、物語が「なんかできそう」な予感をしているのである。まだ、青写真さえできているとは言えない段階である。


さてここからおまけ程度に、このエクセルのページ内で、いままで述べたのとは別の種類のブレインストーミングをするのであるが、それについてはまた次の機会に説明するとしよう。


思考の花火、以上を参考にして、いいと思ったら自分なりのアレンジで使っていただければと思う。


Ver 1.1 2020/8/28

一応、『書くのである(1)』もリンクしておきます。もう「論理的思考の放棄」を身につけてしまったので、このときとは違う書きかたになってはいますが。


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