大阪ストラグル(第1部)第10話

 大川拉致事件の謎のすべてが詰まった箱…その最後の紐が解け、箱の中に入っていた男の名前は、俺たちが関わってはならない男の名前だった。

「金子てお前…」
「そうや、お前らもご存知、八幡の金子や…」
 大川は自嘲気味に言い放った。

 その夜、俺は和美さんのアパートに泊めてもらい、昼過ぎまで寝ていた。
「タケシくん、もう起きや。また学校行ってないんちゃうん?」
「んー、そんなことよりタバコ取ってや」
「はい」
 テーブルの上にあるショートホープを受け取ったものの、俺はまだ布団の中でウダウダしていた。
「ほら! めっちゃエエ天気やで! 学校行かへんねやったらプールか海にでも連れてってや」
「めんどいわそんなん。暑いだけやん。昨日、遅かったしまだ寝かしてや」
「アカン! ほなお昼ご飯でも連れてけ」
「うーん、ほな行こか」
 バイクの後ろに和美さんを乗せ、近所のファミレス、フレンドリーへ向かった。和美さんはTシャツに短パンと、夏らしい格好をしている。そういう着飾らないところが俺には妙にセクシーに感じた。
「うちな、高校生の時、フレンドリーでバイトしてたんやで」
「そうなん!?」
「ほら、ここ制服カワイイやろ? 薄いピンクで」
「あぁー、まぁー、そやな」
「なんなんタケシくんさっきから。今日は心ここに在らずって感じやん」
 そう見えて当然だろう。俺は大川が金子と揉めているなんて一ミリも思っていなかったし、ダサい話だが、こちらに飛び火してこないか、正直ビビっていた。
「なぁーなぁー、昨日、昼過ぎにうちの家に訪ねて来たやん、タケシくんの友達。そのあと、なんかあったん?」
「珍しいやん…そんなこと聞いてきて」
「だってホラ、タケシくん、あんまり自分のことを話したがらへんから…気遣ってたんやでこれでも」
 和美さんはハンバーグを小さく切り分け、口へ丁寧に運び、もぐもぐしながら俺の顔をじっと見ている。
「だって、だってタケシくん。付き合ってとかそんなことも一切言わんし、うちだって聞きたいことなんて山ほどあるけど、なんかそんなん聞いたらもう来てくれへんくなるんかな、とか考えて」
「あっ、なんかごめん。俺、ちゃんと和美さんのこと好きやで。別に遊んでるつもりもないし、他に女がおるわけでもないんやけど、言葉にするのが苦手っちゅうかなんちゅうか…」
 俺は少し早口になった。
「まだまだ子供やな、タケシ君は」
 食べていたハンバーグを口に放り込み、そのフォークで俺のことを差しながら、したり顔でお姉さんのように振る舞う。
「な、なんやねん」
 そんなやりとりをしていると、和美さんは5コ上やしお姉さんを演じてるけど、ホンマは寂しがり屋で甘えたがりなんやろうな…と俺には感じられた。
「で、昨日のこと」
「あー、昨日は…」
 どこまで何を話していいかまとまらなかったが、咄嗟に俺の口をついたのは「金子」という名前だった。
「金子?」
 和美さんは目が点になっている。
「いや、えーと、八幡の金子って知ってる?」
 俺は何を和美さんに話してるねん。アホ! 俺のアホ!
「金子って…知ってるけど、タケシくんアイツと揉めてんの?」
「えっ‼ 和美さん知ってんの⁉」
 俺はこのとき、金子どんだけ有名やねん…と身震いした。
「金子ってタケシ君が言うてるんは弟の方やろ? あいつの兄ちゃんと私、同い年やで」
「兄貴おるんや⁉」
「うん。てか、言うてなかったっけ? うち、地元八幡やで」
「そうなん!?」
 そういや、俺は和美さんのことをなんにも知らなかった。
「兄貴って悪かったん?」
「悪いも何も…アイツ、人殺して少年院に入ってるで、昔。今は何してるんか知らんけど」
「人殺してって…」
「正当防衛か事故かなんか…一年間だけやったみたいやけど、今は何してるか知らんわ」
 ヤバすぎるやろ、マジでなんやねん金子兄弟。言葉にならなかった。
「あんなんと関わったらアカンで」
「ホンマやな、うん。大丈夫、大丈夫」
 俺は動揺していたのか、空のコーヒーカップを力強く啜った。
「コーヒー淹れてきたろか?」
「あっ、うん、ありがとう」
 和美さんの優しさに少し癒されたが、俺は大川もろともこれ以上この件には関わらないことを、心に決めた。

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