トンボ狩り

「ひーでみーつくーん。いーきまーすよー」
 家の外から聞こえる声に、英光は出かける用意をするその手を早めた。
「もうちょっと待って!!」
「英光、もう出るかい?気をつけていってらっしゃい」
「うん。もう行く。大丈夫だよもう慣れたから。暗くなるまでには帰ってくるから」
 土間まで迎えに来た母とそれだけやりとりすると、英光は壁に立てかけてあったものを取って玄関をくぐった。
 家の外では、秋の日差しの中で光智が暇そうにあくびをしていた。光智は英光が出てきたのを認めると、その口元に悪い笑みを浮かべた。
「来たな。じゃ、行こうぜ」
 そう言った光智が、右手に持ったものを軽く振ってみせる。それは英光が右手に持っているものと同じだ。長さこそ子供用に短くされているが、二人が右手に持っているのは槍だ。
「今日はどこに行くの?」
「んー。昨日は河原に行ったからなぁ。今日は西村さんとこの畑のほうにいこうぜ」
 と、そこで英光は周囲を見渡す。
「そういえば今日はしゅうちゃんは来てないの?」
「ん。しゅうは今日来てない。なんか今日から彼岸の準備があるんだと」
「そっか。もうそんな時期だもんね。急がないと」
 二人は畑を目指して歩いて行った。
 時折地面を槍の石突きで叩きながら行くその様は、どこか勇ましい。

 畑につくと、地面にはとんぼの影が大量に落ちていた。
 どれもこれもその体を真っ赤に染めた夕焼けトンボだ。
「あ〜あ。やっぱりここにもいるよ。ほんと、子供だけじゃ全然人手が足りないよなぁ」
「ほんとだね。低学年の頃が懐かしいよ。あの頃はみんなで近くにでる夕焼けトンボをかるだけでよかったもんね」
「そうだな。・・・・・・全く、それなのに大きくなったら村の外に出て行ったりトンボが見えなくなったりしやがって。結局こんな遠くに来るのはもう俺たちだけかよ」
「来年はどうなるんだろうねッ!」
 言葉とともに槍を突き出せば、その穂先には見事にトンボが刺さっている。しかしトンボと侮ることなかれ。その大きさは子供の腕ほどもある。この時期にしか現れないが、現れると作物を荒らす。おまけに厄介なのが12、3歳以降になると見えなくなってしまう、ということだ。
 だから子供たちは槍を携え、今日もトンボを狩っていく。冬の食料を守るために。

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