騎士と司祭と壁子爵 3

前の話 次の話

「うむ・・・・・・どうしたものか」
 テンリは鉄壁の前で腕を組んでその威容を見上げていた。
 その隣では警備の兵士が困った顔でテンリをチラ見している。昨日まで共に仕事をしていたため、相手の素性は知っているが、兵士に直接通すなと下達されているのだ。兵士もテンリの扱いに困っているのだろう。
「なぁ、ほんとにどうして俺を通したらダメか聞いてないのか?」
「はい。オレたちも命令されてから戸惑ったぐらいで・・・・・・。それどころか命令を伝達した上司も戸惑ってましたから」
「そうか・・・・・・」
 通してはいけない、という相手と呑気に話す、という少し滑稽な光景がそこに広がっていた。兵士も通すな、と言われただけで話すな、とも近づけるなとも言われていないので、話すぐらいならいいだろう、と思っているのだ。
「それにしても・・・・・・テンリはどうしていきなり入城禁止になったんだ?なにかやらかしたのか?」
「いや、うむ・・・・・・」
 テンリも心当たりがないわけではない。が、さすがにあの発言が元で出禁になるとは思わなかった。と、言うよりも発言一つで出禁にするぐらいなら、初めから騎士になど登用しなければよかったのだ。
「もしもそうならよっぽどのことだな実権が宰相から子爵に戻ってから、横暴な出来事とか、数はかなり減っただろう?なにやらかしたんだよ」
 もっとも、あの頃とは子爵家の実験を握っているものも変わった。テンリが騎士に登用された時は、宰相が実権を握っており、バンワンソ子爵はなんの実権もなかった。それでも周辺諸領の領主たちにはそのことを察知させていなかったのはさすがというべきか。バンワンソ家に仕えることになって一番初めに驚くのは、バンワンソ城の内側に入ると、その鉄壁の内側では常識の通用しないことが多々起こることだ。もっとも代表的なのは、呻いているようにしか聞こえないバンワンソ子爵の言葉が、きちんとその意味を理解できることだ。そんな鉄壁の内側で実権を握った宰相も驚嘆すべき人物ではあるが、数年で行方知れずになったことを考えると、バンワンソ子爵の一時の暇つぶしだったのだろう。
 ともあれ、実権が再びバンワンソ子爵に戻った今、人事権も子爵にあり、テンリの騎士の任を解くのも、子爵一人の意思次第、というわけだ。
「いや、ほんとにわからないんだよな・・・・・・。昨日子爵に騎士にならなきゃよかったって言っちまったけど、さすがにそれだけが原因じゃないだろうし」
「さすがにそれだけが原因じゃないでしょう」
「だよなぁ」
「ま、個人的にはメイラさんを狙うライバルが減って嬉しいですけど」
「は?なに言ってんの?最近確かにすれ違い気味だけど、俺の努力次第じゃ時間が解決してくれるし。お前らなんて競争相手になっちゃいねぇって」
「ほほぅ。しかし今あなたが城を追い出されればどうなるかな!なにせここは鉄壁の内側!常識では考えられないことが時々起こる!っていうか壁が領主やってることを受け入れてる時点で、ちょっと自分の常識力を疑ってるんですが」
「領主のことについては全面的に同意するよ」
 当直の兵士から視線を離し、再びそびえ立つ鉄壁に視線を戻す。見上げるが、誰にも気づかれずに登攀しきれるような高さではない。さすがにこの鉄壁を登り始めれば、今談笑している兵士もさすがにテンリの行動を阻害するだろう。
 現状についてなかなか打開策が思いつかないテンリが、為す術もなく城壁を見上げていると、城門が開き、場内から誰かが出て来るのが見えた。これはちょうどいい、これから出て来る人に子爵に取次をしてもらおう、と思ったテンリが城門のど真ん中に立ちふさがる。
「おいテンリ。通行の邪魔するのはやめてくれよ。叱られるのは俺なんだから」
 見とがめた兵士が、テンリの腕を引き、城門の脇に下がらせようとする。しかし、テンリも現状を打開するために向こうからやってきた好機だと思っているので、必死で抵抗する。
「テンリを離しなさい!私が責任取るから!」
 城門前でもみ合っていた二人に鋭い声をかけたのは、城の中から歩み出てきた女だった。金髪を揺らし、普段はどちらかといえば下がっている眉尻を釣り上げ、足取りも荒々しく出て来るのは、兵士とテンリが話題に挙げていたメイラその人である。
「メイラ?ちょうどよかった。俺いきなり仕事クビになったんだけど、どうしてクビになったか子爵に聞いてきてくれねぇ?いつもは役職濫用するなって言ってるけど、今回のことについてはメイラが協力してくれた方が早く解決しそうだ」
 兵士がメイラの言葉で手を離した隙に、そう言い募りながらメイラに近寄る。険しい顔に近寄るのが少し躊躇われたが、そんなことを言っていられる状況ではない。このままでは壁の外で新しい仕事を探さなければいけなくなるのだ。頼れるものには躊躇なく頼る所存である。
 メイラにもう少しで手がとどく、という距離まで近寄ったテンリは、メイラの黒い修道服が揺れるのを見た。そして、その直後頰に感じる痛みと熱。おいおいいくら隙を突かれたとはいえ、武術の心得のないメイラの張り手をもろに食らうなんてちょっと腑抜けてるんじゃないか。と思うテンリ。メイラに近づく際に背後に取り残す形になった兵士が目を丸くしているのが後ろを振り向かなくてもわかる。
「えっと・・・・・・。俺がビンタされる理由は?」
「テンリが仕事やめるつもりじゃなかったことに安心したらとっさに手が出ちゃった。ごめんね?」
 おいおいお前いっつもそんな口調じゃねぇだろ、と思うが、そんなことを言えば今度は右手ではなく右足が飛んでくるかもしれない。だって右のつま先で軽く地面を叩いてるのが見えるし。
「いろいろと釈然としないんだけど、まぁいいや。とにかく子爵に取り次いでくれ。マジでいきなりクビになってわけがわからねぇ。門兵もイマイチ事情がわかってないみたいだし、司教のメイラなら直接子爵に取り次ぐこともできるだろ?」
「うぅ・・・・・・。テンリが暴力を振るわれたことに対してこんなにあっさりしてるなんて。やっぱり私への興味はもう尽きたのね」
「どうしてそうなる!!」
 確かに二人きりになるとやたらと暴力を振るう彼女だが、それは高確率で照れ隠しだとわかっているし、別にメイラの攻撃が致命傷になることもない。それでも日常的にテンリに暴力を振るうことで、暴力を振るう癖がついてしまっては、第三者に迷惑がかかってしまうかもしれないと思っていつもは叱っているだけだ。そしてどうして今はそれをしないかと言えば、単純に今そんなことをする余裕がないだけである。
「とにかく子爵に会わせてくれ。納得できる説明をしてもらわないと俺も引き下がれねぇ」
「納得できる説明をされたら引き下がれるの?」
「え?・・・・・・いや、そういうわけじゃない!とにかく事情の説明が欲しいだけだ。今の所騎士をやめるつもりはないって!!」
「そ。それを聞いて安心したわ。ついてきて。子爵に直接事情を説明してもらいましょ」
「あの!テンリをいれるなって命令されてるんですが!!」
 身を翻し、城内にテンリを連れて戻っていくメイラに、後ろから鋭い声がかけられた。メイラが出てくるまでテンリと言葉を交わしていた門兵である。彼のその任務を考えれば、それはひどく当然のことであり、立派に命令を守った末の行動である。
「はぁ?あんた誰よ・・・・・・」
 対して、声に振り返り兵士を見たメイラの態度は酷かった。自分の行為を遮られたことに機嫌を悪くしたメイラは、どうでもよさそうにつぶやく。
「そして誰に命令されたか知らないけど、なり行きとはいえ、この領地で2番目の実権を握ってるのは私よ?その私の決定に、たかだか一介の兵士ごときが口出ししてんじゃないわよ。ほら、テンリさっさと行くわよ」
 機嫌が悪いこともあるのか、『穏やかな女性』という仮面を被ろうともせず、兵士を言葉で切って捨てたメイラは、テンリの2歩先を進んでいく。
 この出来事はメイラの評判しか知らない兵士にはさぞかし辛かろう、と思い様子を伺えば、兵士は口を半開きにした状態で突っ立っていた。・・・・・・のちに、この日の出来事を同僚に話し、彼が法螺吹きのあだ名を頂戴することになるのはまた別の話だ。

「・・・・・・さて、どういうことか事情を説明してもらいましょうか」
「あぁぁう?」
 子爵の私室へとノックもすることなく押し入ったメイラの後ろにテンリが続く。メイラの後ろをついて歩く自分を情けなく思うのだが、怒り狂っているメイラはテンリが止める間もなく子爵の執務室兼私室の扉を押し開けたのだ。突然の出来事に戸惑うバンワンソ子爵。
「おい。いくら司教といえどももう少し子爵に対する礼儀があっても良いのではないか」
 戸惑う、うめき声しかあげられなかった子爵をよそに、メイラの蛮行を見咎めたのは子爵の隣で執務机に座り筆を動かしている男だ。騎士の階級を有する男で、騎士に対する誇りを誰よりも持っている面倒な男だ。
「・・・・・・どうしてあんたがここにいるのかしら。確か今日の執務担当はあんたじゃなかったわよね?」
 メイラの声が棘を纏う。その理由は
「もしかしてテンリが騎士をクビになったのってあんたの差し金?いっつもテンリのことを目の敵にしてたもんね」
「おいおい・・・・・・幾ら何でも発想が飛躍しすぎだろう。確かにそいつは俺のこと嫌ってるけど」
 執務机に座っている彼がテンリのことを嫌い、常日頃からテンリが騎士としてふさわしくないと言っているからだ。騎士というのはただ単に武功を立てた者に送られる称号、というだけで、相応しいか否か、というのは論じる必要がないと思っているのは、テンリだけではない。騎士の称号を持っている人間どころか、子爵邸で働いている大部分の人間が思っているところである。
「・・・・・・なんのことだ?騎士をクビに?そんなこといくらなんでも私の意志でどうにかできるわけがないだろう」
 本気で戸惑っている様子の男に、メイラの眉根に皺がよる。
「どうやら演技じゃなさそうね。じゃあ一体誰がテンリをクビにしたの?」
「うぅ」
 と、そこでバンワンソ子爵が居心地悪そうに身じろぎした。それを見逃すメイラではない。
「子爵、どういうことか説明してもらってもよろしいですね?」
「うぅぅぅあ、ぁぁあう」
「はぁ?それほんと?」
 子爵の口から出た言葉に、メイラが疑問の声を出す。
「いや、確かにそうは言ったが・・・・・・」
 そして子爵の言葉に戸惑いながらも同意するのはテンリだ。
「だからっていきなりクビにする必要なんてないでしょう。あんなのただの冗談ですよ」
 どうやら、昨日テンリが子爵と言い合った際、騎士にならなければよかった、と言ったのを本気にして、続けるのが辛いならクビにしたほうがテンリのためになると思った故の行動らしい。
 子爵の行動にあっけにとられ、頭痛を覚える部屋の一同。
 結局、壁に人の気持ちはわからないらしい、というのがその時の皆の感想だった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?