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【短編小説】もうひとつの世界 ―リサとサキ―

 私はいつも夢見がちだと言われてきた。実際私は、物思いに耽り、どこか遠いところをさまようのが好きだった。でも最近、なぜか私の夢は徐々に変わってきた。夢はよりリアルになり、起きているときの生活と混ざり始めていた。夢か現(うつつ)か、現(うつつ)か夢か。

 そのうち私は、すでに亡くなった友人たちに会うようになった。最初はほんの数人だったが、今ではそれが何十人にも増えている。彼らは生きていたときと同じようにリアルだ。あの時のように話したり笑ったりして、まるで現実と一緒だ。

 でも、今の彼らは何かが違う。目が輝き、安らかな表情をしている。彼らはあの世で幸せに暮らしているという。そしてこの世……現実の私にそれを伝えたい、という。

 実際、最初は怖かった。彼らが何を考えているのかわからなかった。でも今は、それを受け入れ始めている。友人たちは私を助けるために、そして私があの世へ旅立つ準備をするためにここにいるのだ、と。

 それがいつになるかはわからないけど、今はもう、怖くはない。友人たちが向こうで私を待っていてくれることを知っているから。

 ある日、私は公園を歩いていると、親友のリサを見かけた。彼女は3年前に亡くなったはずだが、他の友人たちと同じように、生き生きとしていた。

「リサ!」

 私は喜びのあまり叫んだ。彼女ともう一度逢えるなんて! なんて素晴らしいこと!

 リサは静かに微笑んだ。

「久しぶりね、サキ。また会えてうれしいわ」

「私もよ!」

 私は彼女の手を取って思わずはしゃいでしまった。リサは微苦笑を浮かべつつ、私をそっとハグしてくれた。

「あなたに会いに来たのよ。どうしてるかと思って」

「もちろん私は元気よ。でも、また会えるなんて不思議な感じ。時間がまったく経っていないみたい」

「そうね、あっちはここみたいに時間が直線的じゃないから」

「どのぐらいこちらにいられるの?」

「もちろん、あなたが私を必要とする限りいるわ」

「嬉しいわ」

 私は心の底からそう言った。

 私たちは公園を歩きながら、リサが亡くなってからのことを話した。あれから何があったか。私たちがリサを亡くしてどれだけ悲しかったか。リサを巡る様々な人々の顛末を語った。でもリサが目の前にいる今、もしかしたらそれは大したことではなかったのかもしれない。私はそう思った。

 リサはあの世がどんなに美しいか、と語り、死は恐れるべきことではない、ということも話してくれた。

「死は単なる移り変わりよ。終わりじゃないのよ」

 そう語るリサを見ていると、私は心が穏やかになってきた。死は恐れるべきものではないとしみじみわかった。そう、それは新たな始まりに過ぎないのだから。

 それから数週間、私はリサと多くの時間を過ごした。私たちは一緒に話し、笑い、泣いた。彼女は私が、やがて来たるべき自分の死を受け入れるのを助け、今ある人生に感謝することを教えてくれる。そう、当たり前に感じられるこの一瞬一瞬が、何よりも大切なものだ、ということを。

 ある日、リサは私に「もう行く時間だわ」と言った。

「淋しくなるわ、リサ」

「私もよ、サキ」

 しかし彼女はいつものようにあの愛らしい笑顔を浮かべて私に言った。

「でも覚えておいて、私はいつもあなたの心の中にいるってことを」

 リサは私にハグをすると、静かに姿を消した。

 リサが再びいなくなったのは淋しいが、今の私は、彼女がもっといい場所にいることを知っている。一緒に過ごした時間にも感謝している。彼女は私にたくさんのことを教えてくれた。胸の中に温かな感謝の想いが、静かに灯った。

「それでリサ、サキは成仏したのかい?」

 送魂の長い儀式を終え、目覚めた私に神父が静かに声をかけてきた。

「成仏なんて仏教的ね。貴方らしくないわ」

「ずいぶんだね。ちょっと君たちの文化に合わせたまでだよ」

「ええ、やっと成仏したわ。穏やかにね……」

「それは良かった。いつまでも地上を彷徨う魂ほど、悲しいものはないからね」

 そういうと神父は聖書を閉じて、また告解室へと戻っていった。

「淋しいのはほんの少しの間だけだから……私もじきにそちらに行くわ」

 私はいつものようにサキの遺影を優しく撫でた。
 
(了)


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