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風太の桜

「いらっしゃいませ!」
美沙子の明るい声が、小さなコンビニの店内に響く。彼女は9ヶ月の大きなお腹を抱え、化粧品の棚に新製品を並べていた。外は春の訪れを告げる風が吹き、店の隣にある桜の木のつぼみが少しずつ膨らみを見せていた。

ある日、常連ではない老齢の男が店に現れる。
黒いコートに深く帽子をかぶったその男は、美沙子にとってどこか懐かしさを感じさせる存在だった。彼は何も買わずに店内をうろつき、美沙子と目が合うたびに、恥ずかしそうに微笑んだ。

翌日、美沙子が風で飛ばされた花束を拾うために外に出たとき、再びその男が現れる。彼は美沙子のお腹を見て、涙を浮かべながら

「私は元気に育ちました。本当に幸せな一生でした」

と言葉を残し、去っていった。 その言葉が意味するものに戸惑いながらも、美沙子は心の中で赤ん坊に話しかける。
「風太、あなたは強くて優しい人になってね。」と。

そして、彼女は店に戻り、いつものように「いらっしゃいませ!」
と明るい声でお客さんを迎えた。

時は流れ、美沙子は息子の風太と幸せな日々を送っていた。あの日の老齢の男が誰だったのかは分からないままだが、彼女はあの出会いが何らかの形で息子との未来に繋がっていると感じていた。

桜の木の下で、美沙子は風太を抱きしめながら、再び春の風を感じていた。「ありがとう、風太。あなたは私の宝物よ。」
と心の中でつぶやくのだった。

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