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【短編小説】ニシヘヒガシヘ(全7話)+あとがき

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2024年3月に行われた豆島さんの企画『夜行バスに乗って』への参加作品。「帳面町からバスタ新宿まで」の夜行バスに乗った怪しい人物は誰だ!? そして、主人公の抱える事情とは。
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【短編小説】ニシヘヒガシヘ~夜行バスに乗って~ 第1話

   第1話 21:00 帳面駅バス停 出発 「本日はご乗車いただき、まことにありがとうございます。こちらの夜行バス『風林火山号』は帳面駅発、バスタ新宿行きでございます」  帳面駅前ロータリーの一角にある路線バスの発着場は、帰路につく人たちが列を作っている。  それとは反対側の端に停車する鮮やかなデザインのバスに近づき、入り口の前で足を止めた。バス停に立つ制服姿の女性にチケットを見せる。 「ありがとうございます。3月9日、21時発、バスタ新宿行き。風林火山号ですね。

【短編小説】ニシヘヒガシヘ~夜行バスに乗って~第2話

   第2話 23:00 〇〇サービスエリア(休憩20分)  広い駐車場を横断するように進んでいたバスが、静かに動きを止めた。断続的に鳴り始めた高い音を合図に、車体がゆっくりバックしていく。 「〇〇サービスエリアに到着です。こちらで20分の休憩になります。23時10分までにはお戻りください」  運転手のアナウンスに続いて、エンジン音が止まる。少しだけ車内が騒がしくなった。特に耳に入ってくるのは、若い男女の声。きっと学生さんなんだろうね。だって春休みだもん。満席っていう

【短編小説】ニシヘヒガシヘ~夜行バスに乗って~第3話

   第3話 24:00 バスの中  バスの中は薄暗い。若い子たちの話し声はちっとも聞こえてこなかった。眠っているのかとそっと後ろを見ると、みんなスマホを片手になにかしていた。友達同士の旅行のはずなのに、それぞれが自分のスマホとにらめっこ。その顔を、液晶画面が発する、色のついた光が照らしている。なんだか奇妙な光景。まあ、うるさいよりはいいんだけれど。  ブブッ。リュックサックのポケットでスマホが震えた。取り出して画面を開く。 『お母さん、今どこ? お父さんから連絡があ

【短編小説】ニシヘヒガシヘ~夜行バスに乗って~第4話

   第4話 02:00 △△サービスエリア(休憩20分) 「△△サービスエリアに到着です」  エンジンの音が止まった。運転手の声が合図のように、静かだったバスの中に、たった今、目を覚ました人たちの気配が広がる。  ちっとも眠れなかった。昨夜もまんじりともせず布団の中で寝返りを打ち続けているうちに朝を迎えて、それなのにいつも通りに仕事もしてきたのに。 「こちらでは予定よりも長めの30分休憩になります。2時までにお戻りください」  道路は空いていて、予定よりもずいぶん

【短編小説】ニシヘヒガシヘ~夜行バスに乗って~第5話

   第5話 03:00 バスの中  バスは静かに走り続けている。時計は3時を指していて、人が一日の中で一番眠くなる時間帯だ。  帳面駅を出発してからずっと静かだったバスの中が、今は人の寝息や鼾でかえって賑やかなのが面白い。  運転席に目をやる。ここからじゃよく見えないけれど、大丈夫かしらね。あたしでよかったら話し相手になるけれど。どうせちっとも眠れないし。  真ん中の列のシートからは、どちらの窓も遠い。フロントガラスも前の席が邪魔でよく見えない。それでも、目は無意識

【短編小説】ニシヘヒガシヘ~夜行バスに乗って~第6話

   第6話 04:00 〇△サービスエリア(休憩20分) 「〇△サービスエリアに到着です」  眠っている乗客たちのために、運転手が囁くように言った。駐車場に入ったバスがスピードを落とす。  不意に誰かが立ち上がった。運転席へ向かって、足音も荒く駆け寄る。 「停まるな!」  あたしは驚いて首を伸ばした。他にも、起きていた人たちが声のする方に顔を向けている。 「このまま出発しろ!」  その声に聞き覚えがあった。まさか。  背もたれにつかまりながら、動くバスの中でシート

【短編小説】ニシヘヒガシヘ~夜行バスに乗って~第7話(最終回)

   第7話(最終回) 06:00 バスタ新宿 到着 「ねえ、この人本当に大丈夫なの」  キーンとした甲高い声が空気を破った。 「こんな体勢のまま、ずーっと眠ってるんだけど」  カツンカツンとなにかが打ち鳴らされる音が、耳の奥を震わせる。重くて開かない瞼の裏に、細いブーツのかかとが浮かんだ。 「心配はいらない。彼女はもともと寝不足だった」  聞き覚えのある低い声がした。あの不思議な黒い帽子をかぶった、背の高い男性だ。  顔を覗き込まれているとわかっていても、身体はま

【短編小説】ニシヘヒガシヘ あとがきのようなもの+おしゃべり

 このたびは短編小説『ニシヘヒガシヘ』をお読みいただき、ありがとうございました<m(_ _)m>  こちらの作品は、豆島圭さまの企画に参加させていただくために書いたものです。  人気者の豆島さんが、こんな面白い企画を打ち出したのは、3月初日のことでした。  期間はひな祭りから春分の日までの19日間。  バス内部の座席表や、出発駅、到着駅など、舞台の設定に細やかな気配りがありますが、そこで繰り広げられる世界は基本的に自由とのこと。  他の方の作品に絡めてもOK。(ただしリ