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【短編小説】捨て猫リカ(全10話)+あとがき

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「待ちなさい!」偶然見かけた万引き女子高生。虚言癖と失禁癖のある彼女を、貴子はどこまで救うことができるのか。
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記事一覧

【短編小説】捨て猫リカ 第1話

   第1話  その女子高生が目に留まったのは、たまたま偶然だった。  駅前のファンシーショップ。クレープ屋の横のらせん階段を登り、赤く塗られた木戸を開けると、小さな店舗の中には可愛い髪飾りやポーチ、ステーショナリーなどが所狭しと陳列されている。  銀行での用事を済ませ、せっかく来たついでにと、この店に立ち寄った。最近おしゃれに目覚めた小学二年生の娘、菜摘のために新しいヘアゴムを買ってやるつもりだった。いくつかを手に取って眺めているうちに、すぐ隣に立っていた女の子の細い

【短編小説】捨て猫リカ 第2話

   第2話 「待ちなさい!」  わたしの叫び声に女子高生は振り返って目を見開くと、慌てたように走り出した。 「待ちなさいってば!」  周囲の人たちが驚いたようにわたしを見、目線の先にいる女子高生に顔を向ける。彼女は空を踏むような走り方で、一目散に逃げ続ける。  高校時代は陸上部だったわたしだ。二十年近くも前のことで、選手にもなれなかったが、ぶかぶかの靴を履いて逃げる鳥ガラのような女の子に追いつくなど造作もない。あっという間に彼女の腕を掴んだ。 「……あなた」  一瞬

【短編小説】捨て猫リカ 第3話

   第3話 「すみませんでした」  脱衣所を出た彼女が、扉の陰に隠れながら恥ずかしそうにしていた。わたしのロングTシャツをまるでワンピースのように着ている。ボトムスはどれも彼女にぶかぶかすぎて、こうするしかなかったのだ。  仕方なく、下着は菜摘のものの中から新しいものを選んで渡した。さすがに小さすぎるかと心配したが、どうやら大丈夫そうだ。  顔を洗ったのか、前髪とサイドの髪がしっとりと濡れ、まるでさっきよりもさらに一回り小さくなったように見えた。まるで、濡れぼそった

【短編小説】捨て猫リカ 第4話

   第4話 「ママ。ダイエット中じゃなかったの」  菜摘の声に、わたしはふと買い物かごの中に目をやった。スーパーマーケットの入口すぐに山積みされていた特価のバームクーヘンとマドレーヌとカップケーキを、無意識のうちに入れていたことに気づく。 「ママが食べるんじゃないもの」 「ふうん、お客さんでも来るの?」  言葉に詰まる。返答の代わりに、マドレーヌとカップケーキを棚に戻した。バウムクーヘンだけは菜摘と夫のために残しておくことにした。 「ねえ、ママ。新しいヘアゴム欲しい

【短編小説】捨て猫リカ 第5話

   第5話  ランチタイムも過ぎた夕方前の喫茶店は客もまばらで、落ち着いた空気が流れていた。おかげでわたしはここがどこであるかも忘れ、夢中で相手の話に聞き入ることができた。 「ありがとうございました。それでは、最後にもうひとつだけ」  ノートに走らせていたペンを止めた。相手の女性に目を合わせ、居住まいを正す。 「こういった活動を続けていく、モチベーションのようなものはなにかありますか」  女性は口をきゅっとすぼめてわずかに考えると、 「やはり、子供たちの笑顔に出会

【短編小説】捨て猫リカ 第6話

   第6話 「ほら、めっちゃ可愛い」  壁に跳ね返った理加の声が耳に届いた。わたしはポットに茶葉を入れる手を止め、キッチンカウンターの中からリビングに目をやる。 「ね、似合う」 「そうかなぁ」  手鏡を覗きながら、菜摘がまんざらでもない口調で呟く。今朝わたしが簡単にまとめただけの菜摘の髪はほどかれ、ブラシで丹念に梳かれた上で、理加の手によって可愛らしく結い上げられていた。 「めっちゃ似合うよ。ここに飾りついてるの、見える?」  理加の言葉に、菜摘は何度も角度を変え

【短編小説】捨て猫リカ 第7話

   第7話 「ねえねえ、ママ。ねえってば~」  ダイニングのテーブルで宿題をしていた菜摘が、椅子をガタガタ揺らしている。 「ちょっと、床が痛むでしょ」  餃子を包んでいたわたしは手を止め、 「宿題終わったの?」 「まだだけどさ……ねえママ。理加ちゃん、どうしたんだろう?」  鉛筆をぶらぶらと弄びながら、口を尖らせている。 「どうって?」 「あれから連絡ないんでしょ。いつ遊びに来てくれるのかなあ」  菜摘の呟きに、わたしは手の中の餃子を包みながら言葉を探した。 「

【短編小説】捨て猫リカ 第8話

   第8話  理加からの連絡がないまま二箇月が過ぎ、菜摘はもう理加の話題を出すこともなくなった。  例のサインのことで、クラスの子たちにはなんと説明をしたのか。気になって一度だけ尋ねたのだが、なにも語ろうとしなかった。その様子から、なにか苦い思いをしたようだと察しがつく。  友達とは仲良くしているようだし、食欲もあって元気そうだが、ひとつなにかを学習し、成長したような菜摘の様子を見て、誇らしさと同時に胸は痛んだ。 「待って待って! 先に写真撮らせて!」  仕事帰りの

【短編小説】捨て猫リカ 第9話

   第9話  警察署の中の一室で、理加はしょんぼりとパイプ椅子に腰かけていた。  足元のビニール袋には、濡れた制服が入っている。書店で万引きを見とがめられた時に粗相をしてしまったらしい。  代わりに身に着けているのは、わたしが急いで買ってきたスウェットのパンツだ。大人用のSサイズを選んだのだが、片手で抑えながら歩かないとずり落ちてしまう。  窓の外に目をやった。もうとっぷりと日が暮れている。そろそろ夫が仕事を終えて帰ってくる時間だ。  万引きした上に、店内で粗相して

【短編小説】捨て猫リカ 第10話(最終回)

   第10話 「あっ、理加ちゃん来た!」  通りを歩いてくる姿を見つけ、リビングの掃き出しから外を覗いていた菜摘が玄関へ飛んで行った。  理加は学校が終わるとバスに乗り、毎日のようにうちに遊びに来るようになった。  警察から理加を家に連れてきたあの日、事情を知らされた菜摘は、夫と共に固い表情でわたしたちを出迎えた。玄関に入る一歩手前で、理加は深く身体を二つに折った。 「菜摘ちゃん、本当にごめんなさい」  嗚咽を必死でこらえているのか、わずかに震えている。もういいから

【短編小説】捨て猫リカ あとがきのようなもの+おしゃべり

 このたびは短編小説『捨て猫リカ』をお読みいただき、本当にありがとうございます。<m(__)m>  第1話の投稿から最終回まで約1箇月以上もかかってしまいました。投稿の合間も、一週間以上も開くことがありました。  こんな亀の速度の投稿にもかかわらず、おつき合いいただいてありがとうございました。\(^o^)/ 『捨て猫リカ』は2006年に書いたものをリライトしました。かつて所属していた文章サークルが何度か同人誌を発行しており、そのうちの一冊に掲載した作品です。懐かしいなぁ