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偏愛の1曲:プーランク、ミサ曲ト長調

フランシス・プーランク:ミサ曲ト長調
NoMadMusic, NMM019D
マチウ・ロマノ指揮アンサンブル・エデス
録音:2013年11月、2014年10月

 もう少しフランシス・プーランクの話をしましょう。
 前々回、コパチンスカヤのアルバムについて採り上げた時、クロード・ロスタンの「プーランクの中には修行僧とごろつきがいる」という表現を引用しました。プーランクというと、有名な《牝鹿》やフルート・ソナタなどから、「ごろつき」とまではいかないまでも、ハイセンスで洗練された、いわゆる「粋を極めた」作品をまずイメージする向きが多いかと思います。あるいは無伴奏合唱のための《人間の顔》、ポール・エリュアールのレジスタンス詩に作曲した組曲で、とくに最後の《自由(リベルテ)》コーダでの、ソプラノの鮮烈なハイEが感動的なあの作品を思い出す人も少なくないことでしょう。《人間の顔》はLP時代、高名な合唱指揮者であったエリック・エリクソン指揮する廉価盤「フランス近代合唱曲集」にドビュッシーやラヴェルの無伴奏合唱曲とともに収められていて、それで親しんだ方も多いと思います。
 私は中学校くらいの時に友人たちの間で流行った《牝鹿》でプーランクを知り、大学時代にエリクソンのレコードを聴き、CD時代になってから《スターバト・マーテル》や最晩年の大作《グローリア》のディスクを買ったりはしたものの、実は長くプーランクに馴染むことができませんでした。なぜだろう? 今となっては思い出すのも難しいのですが、何かそこに、ラヴェルやドビュッシーといった人たちが持っていたひたむきさのようなものとは別の、腰の落ち着かない感じ、雰囲気がひとつにまとまらない居心地の悪さを感じていたのかもしれません。あるいは、鮮度が高いわりには雑味の多い果物のような食味の悪さ。
 そんな私がプーランクの音楽に親しむことができるようになったきっかけは、無伴奏合唱曲ト長調でした。1937年に書かれた、五章からなる20分弱の小さなミサ曲で、彼の無伴奏合唱曲としては最初期の作品のひとつとなります。たまたまバーゲンか何かで安く手に入れた、アメリカの合唱指揮者ロバート・ショウが自らの名を冠した音楽祭を機会に録音したディスクに入っていたのでした。これは私にとって、実に親しみやすかった。リズムは軽やかでやや俗っぽくもあり、また和声的にはおそろしく近代的、でもその音楽は実にピュアで、敬虔で、明るく、かつ聴き手をそらさない真摯なものとなっています。おそらくはそのストレートなところが、私たちの苦手な他のプーランク作品とひと味違っていたのでしょう。そして、この曲をきっかけに、私はさまざまなプーランクをそれぞれに楽しむことができるようになっていきました。
 さて、今はどうか。あれほど苦手だった《グローリア》も、およそ40年近くをかけて、ようやく今では好きな曲のひとつとなりました。若い頃にどうしても馴染めなかった、「聖」と「俗」が表裏一体であるような、「聖」と「俗」がわずかな揺らぎで入れ替わるような《グローリア》の面白さが分かるほどに、私も爺さんになったというところでしょうか。年をとったことで楽しめる曲があるのだから、これからは昔投げ出したいろいろな作品も、聴き直してみないといけません。
 さて《ミサ曲ト長調》のディスクですが、90年代ですとマーカス・クリード指揮RIAS室内合唱団によるものが、しっかり安定した技術とメリハリあるリズムでよい演奏を聴かせてくれましたし、エリック・エリクソン指揮オランダ室内合唱団のものも悪くなかった。今世紀に入るとペーター・ダイクストラ指揮スウェーデン放送合唱団とか、ハリー・クリストファー指揮ザ・シクスティーンとかが優れた演奏かと思います。(難しい曲だけに、教会の少年合唱団を起用したものには多少響きの荒れてるものが多い。)マチウ・ロマノ指揮アンサンブル・エデスは、前世紀のフランスではなかなか見かけなかった、高い技巧とアンサンブルの精度で聴かせる団体で、ロバート・ショウの肉厚な演奏でこの曲を知った私からするといくぶん厚みを削ぎ落としすぎにも感じるのですけれど、元来が小編成の合唱をイメージして書かれた曲なので、このくらいの透明感が本来と言えるでしょう。
 収録しているアルバムは配信・音源販売専用で、《ルードゥス・ヴェルバリス第3,4巻》という不思議なタイトルがついています。これはおそらく、以前同アンサンブルがEloquientiaレーベルから出していた《ルードゥス・ヴェルバリス(言葉遊び)》第1巻、第2巻に続く2点のアルバムとして企画しながら、未発売に終わった音源を一挙に放出した、ということでしょう。有名無名、近代作品と現代作品をとり混ぜる構成は以前のものと同じ。他収録曲ではやはりプーランクのモテットと、あとリゲティの《永遠の光》、ブリテンの珍しいAMDG(Ad Majorem Dei Gloriam)が聴きものです。
 Apple Musicならば、旧盤の《ルードゥス・ヴェルバリス》第1巻、第2巻も聴くことができます。そちらもドビュッシー、ラヴェル、プーランク、ブリテン、オアナ、エルサンなどなど、お勧めな録音がいっぱいです。


Ludus Verbalis 3, 4

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