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新婚からの卒業

この2月で結婚4年目に入った。
3年間を経て初めて、夫と足並みをそろえて2人で人生を歩いているという実感がある。

昨年秋、わたしは過労で休職した。
年末年始、夫が尿路結石で入院・手術をした。
無事に夫が退院してからも、わたしのインフルエンザ感染、夫のコロナウイルス感染が続いた。
これまでの人生で最も健康について真剣に考えた数ヶ月だった。

結果として、わたしは自炊をするようになった。
ずっとしたかったことだった。体によい、おいしい食事をしたかった。
決して夫のために始めたというわけではなかったのだが、夫は「一生懸命作ってくれてありがとう」とうれしそうだ。先日2人で買い物に出かけたら、先に買い物を済ませて店の出口で待っていたわたしに「これ、あいちちゃんが好きな香りかどうかわからないんだけど、よかったら使ってね」とこっそり自分で選んで買ったというハンドクリームをくれた。桜の優しい香りがするハンドクリームだった。

自分がやりたいからやっている。楽しいからやっている。
ここが大事なポイントだと思う。
「夫のために」と思うと、「わたしはこんなにがんばっているのに」などとイライラや寂しさが募る。これは、家事全般にいえる。
掃除をするのは、キレイな家で気持ちよく暮らしたいから。
文鳥の世話をするのは、小さな愛しい命を大切に慈しみたいから。
洗濯をするのは、自分が大好きな服を毎日身につけていたいから。
すべて、自分が毎日を心地よく生きるため。
その気持ちでいると、夫が家事をしてくれたときは、心から感謝できる。

わたしは未熟だから、まだ家庭でしかこれをうまく実践できないけれど、きっと職場も、学校も、他のコミュニティでの人間関係も、同じ原理がはたらいているんだろうと思う。

夫は時々しみじみと「あいちちゃんが宝物なんだ」「あいちちゃんと結婚できて幸せなんだ」と言ってくれる。「あなたはわたしの宝物」「あなたと結婚できて幸せ」。これは一緒に暮らしはじめてから、わたしが繰り返し夫に伝えてきた言葉だ。
今年の結婚記念日には、サプライズが苦手でプロポーズもしなかった夫が、「あいちちゃんはお花が好きだから」と大きなピンクの花束をくれた。

言動は、岩に水が染み込んでいくように、長い時間をかけてそばにいる人にうつっていく。新婚を卒業し、「好きな人と家庭を作る」というときめきは、「パートナーと人生を共に歩く」という喜びに変わった。人はこうしてだんだんと夫婦らしくなっていくのかもしれない。

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