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採血をよく失敗されるおれの健康診断

わたくしのようなサラリーマン風情の者は、毎年この時期になると会社から「健康診断に申し込んどいたから行ってきてね」ということで、検診キットを渡されます。日頃不摂生な暮らしをしておりますものですから、年に一度くらいこうやって病院に行って様々検査をしてもらわない限り病院なんて行くことがありません。

健康診断を受ける際、まず前日の夜は晩御飯を食べてはいけないことになっています。おれのような不摂生なサラリーマンは、だいたい20時くらいまで働いて、帰り道にちょっと寄り道してバッティングセンターやサウナなんかに行って22時くらいに帰宅して、仕事道具の片づけをして、ジェラピケのモコモコパジャマに着替えまして、それからおなかが空いていることに気が付いてごはんを食べるというのがだいたいの生活リズムでございますから、23時をまわってからジェラピケのパジャマに身を包んでクレープとか食べる、というのもあまり珍しくないことです。

そういう生活リズムが形成されておりますから、健康診断の前日だから少し早めの晩ごはんを食べようと言っても、早めの晩ごはんの時間にはおなかがそんなに空いてないわけです。それで23時くらいにおなかがぐるぐると鳴って、空腹に耐えながらクリニックに向かう。そして検診を終えてジャンクなフードを食べてまた寿命を減らすというのが毎年のことになっています。

その健康診断の中で採血検査もあるんですが、おれはこの採血検査というのが大変苦手。言葉を選ばずに申し上げますと、憎しみすら抱いているということです。おれは、生まれつき採血検査に使われる血管が細く、また見つけにくく、更に他の人よりも刺しにくい作りのようです。

そもそもおれは昔から注射が大の苦手。小さい頃は、注射を受けに行かないといけないとおふくろから言われると、だいたいその3日前からどうしても行かないといけないのか、注射をしないで済む方法はないのか、と頻りにおふくろに尋ねていました。

そして前日になりますと、「明日の今頃は、おれの腕には針が刺さっていて…」とか、「おれが注射を受けるまでにあと何回ポケモンができるだろうか…」などと、明日死ぬの勢いで考えておりました。とにかく、それくらい注射というのはおれにとって恐ろしいイベントだったのでした。

5歳のとき、村の公民館に注射を受けに行った日のことです。その日も直前まで行くのを渋っていたおれに、おふくろは痛いのは一瞬ですぐに済むから、とか、帰ったらゲームを1時間してもいいから、などとあの手この手でおれを連れ出します。公民館では、いかにもベテラン風のおじいさんのお医者さんが流れ作業で注射をしていました。列に並びます。10人くらいの列が、ものの数秒ごとに一人、また一人と前に進んでいきます。また、泣きながら注射ブースを出てくるおそらく同い年くらいの子どもを見るとなんだか変に冷静になる自分もいたりして、おふくろに「これなら一瞬だね」とか、「注射は痛いけど泣いちゃうほどでもないね」とか余裕をかましていました。

やがておれの順番がやってきます。ベテラン風のおじいさん先生におれの腕を預けます。お医者さんはおれの腕を撫でながら、すぐ終わるからねーとか注射はきらいかな?とか声をかけてきます。そういうのいいからもうスッとやってくれ、と思うのですが、なんだかやけにおれの腕を撫でている時間が長いのです。おれは他の子たちがブースに入ってから出てくるまでの時間を数えていたのですが、だいたい20~30秒程度。もう30秒が経っているのにまだ針が刺さらない。おかしいと思っていると、「君のはなかなか難しいな~」とかお医者さんが言っています。やおら先生が注射針を取り出して腕に刺します。痛いです。でも一瞬だと思っているのですが、なんだか針を刺している時間がやけに長い。なんなのでしょう。他の子たちは一瞬で出てきたじゃないか、なんでおれだけ針がずっと刺さったままなのか、先生なんとか言ってよ!などと思っていると、先生が針を抜いていうわけです。

「ごめん!失敗しちゃった!もう一回、次は左腕でいいかな?」

なんだというのでしょう。おれは注射は一回だけと聞いていたからしぶしぶ着いてきたのに。二回も刺すなんて聞いてない。こんなのは理不尽である!と理不尽なんて言葉は当時知らなかったと思いますが、現在29歳のおれが理不尽な出来事に遭遇するときにまず脳裏に浮かぶのがあの日の注射なので、あれは理不尽な出来事だったのでしょう。泣きながら左腕を差し出し、無事に注射を終え、お医者さんに向かって「もう二度と注射なんて受けないからな、300年は受けないからな」と悪態をついてブースを後にしたのを覚えています。

あれから25年。採血では3回に1回くらいの頻度で失敗をされるのでもういい加減に失敗をされても理不尽だなんて思いませんけれども、それでも採血のたびに「失敗」の二文字が頭に浮かんでしまうため、これが未だに苦手です。

そうして迎えた今年の健康診断。レントゲン検査をギャルピでこなし、視力検査、身体検査と流れ作業で終え、いよいよ採血検査。どきどきしながら腕を看護師さんに預けるわけですが、看護師さんがおれの腕を撫でる時間が妙に長い。嫌な予感がするわけですが、案の定、針を刺している時間も妙に長い。

一滴、二滴…とぽたぽたと試験管にゆっくり溜まる血液。「一回針抜きます」という看護師さんの声。今年も失敗か…と思いつつ、看護師さんに「おれよく採血失敗しちゃうんですよ」と笑いかけます。慣れたものです。これが、29歳の余裕です!

一旦腕を温めていただいて、10分くらいしたら再度血を取りますとのこと。お湯の入った氷嚢みたいなものを受け取り、じっくり温めます。再び今度は左腕で採血に臨むわけですが、また失敗。

ところで、男という生き物は、あらゆる局面で女の人に対して自分をよく見せようとしたり、恰好をつけたい生き物でございます。何度注射されても顔色ひとつ変えず、看護師さんに何度だって腕を預けることでクールな男を演出します。もしかしたら失敗のおわびにとお食事に誘ってもらえるかもしれませんから!あらゆる可能性を常に考えるのがエリートサラリーマンのあるべき姿でございますから、「僕の腕って難しいですよね…」等と軽口を叩いて空気を和らげる努力だって怠らないわけですよね。

今年はとみに採血がうまくいかなくて、右腕、左腕、もう一回右腕…と合計で3回失敗です。3回やって血が取れないのは史上最多タイでございます。それでも、左腕を温めながら看護師さんとおしゃべりをします。2回に1回くらいは失敗しますので、誰がやってもそうなんですと、ほんとは3回に1回くらいなのにちょっと話を盛りながら、そうして自分を大きく見せつつ腕をあたため、お互いに持て余した時間でおしゃべりをしながら頃合いを待ってるわけです。

ほんとは腕めっちゃ痛い!右腕とかほぼ同じところに2回も針刺してますから、看護師さんの話なんかぜんぜん入ってこない。岩手の平泉出身で、今はお姉ちゃんと住んでて…とか言われたところでもう全然入ってこない。平泉さんという人と同棲してるんだ~別に彼氏の苗字とか聞いてないし、てか彼氏いるんかいとか思うわけです。

それでも、あらゆる局面で女の人に対して良いところを見せたい悲しいアニマルことおれは痛む腕を抑えながら、うんうんなるほど、それは彼氏が悪いねとか全然見当違いの返しをしたりしています。

針を3回刺されても女の人にいいところを見せたいがために余裕をかまし続ける感じ、気持ち的には主を守るために無数の矢を浴びても立ち続け、最期は立ったまま絶命した弁慶の感じですよね。そうまでしていいところを見せたにも関わらず「すいません!ちょっと私じゃ無理かもなんで、別の者に代わりますね!」とか言われてちょっと待てよおい平泉!と思う間もなく、すぐに一目で凄腕のベテランと見てわかる看護師さんが現れて、チュッと針を刺して速攻で終わらせてくれたのに対して、いままでの時間なんだったんだよ、と思う弁慶ことおれなのでした。あらゆる可能性を常に考えておけよ。

そういうわけでおれは採血がずっと苦手なんですが、先の平泉こと看護師さんとの会話、別に正確になぞる必要もないんで適当に平泉出身と書いたわけなんですが、弁慶エピソードを書く段階でいったん弁慶について念のため調べておこうと思ってググってみたら、弁慶が矢を浴びて絶命した場所が奇しくも平泉でした。そんな感じです。


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