見出し画像

4月13日「卒倒」

仕事をしていると店内入口の方でビターンという物音がして、大きいこんにゃくを思い切り叩きつけたのかな、とか呑気に考えながらそちらに寄っていくと女性が倒れているのが見えた。
前の方に倒れてしまったのか、うつ伏せのまま両腕が頭の上に伸び、顔は左のほうを向いているのが見えた。
どう見ても、転んでしまいました、で片付けられるような体勢ではなかったので急いで駆け寄ると、女性の目は緩く閉じられたまま痙攣しており、半分意識がなくなっているような状態に思えた。口の方に手をやるとうっすら呼気は感じられたので、ひとまず呼吸は止まっていないようだった。
あとから駆けつけてきた同僚に医務室への連絡を任せ、周りの頼もしいお客様たちと肩を叩きながら呼びかけていたら、しばらくして目が開き、自分で身を起こした。

自分の身に何が起こったのか理解できていないような虚ろな目で、正面一点だけを見つめていた。大丈夫かどうかを呼びかけても、真っ青になった唇は軽く震えるばかりで、何かを発することができる状態ではないようだった。肩を貸して近くのソファ席に座らせた。
水を持ってきたりもしてみたが、今は飲みたくない気分のようだった。放心状態の女性の横についていたら、警備員が飛んできたので、後はお任せすることにして仕事に戻った。

前にも似たようなことがあった。
自転車での出勤の途中、横断歩道を渡っていると、道半ばでおばあちゃんが倒れこんでしまった。僕のちょうど斜め前くらいで、ゆっくりと体がへたり込んでいくのが視界に入っていた。
僕は出勤の時間が差し迫っていることもあって、ペダルをこぎながら助けるかスルーするかを一瞬迷ったうちにそこを通り過ぎ、助けるというには行き過ぎたところで自転車を止め、踵を返して女性の元に近づいた。
肩を貸して一緒に信号を渡りきった。その後に感謝の言葉をもらって彼女とは別の方に進んで行ったのだけれど、小さな後悔が心の真ん中にふじつぼみたいに強く張り付いてしまった。

助けるべきタイミングで少し悩んでしまう。ああいう時に人間が試されるなと思ったが、僕はどうやらあまり良い出来ではないように思った。
出勤よりも目の前の人だろうし、勤務中の仕事よりも人命なのは明らかなのに、僕の頭の中には変な天秤が颯爽と現れ、その二つの重みを比べさせる。瞬間的じゃない。現実を上手に受け入れられない。目の前で起きたアクシデントを受け入れたくない時間が発生してしまう。

今回はどうか。お客様に目を向けるべき仕事の最中だったから、僕はそれなりの行動を起こすことはできたけれど、こんにゃくだなんだの時間は現実逃避としか思えない。
本当はなんとなく予想がついていたのだ。だけれど僕の脊椎がそれを受け入れるのを反射で拒んでしまった。
人助けには勇気がいる。脇目も振らずに助けることができるようになりたいが、僕は次に同じようなことが起こった時、そんな風に行動ができるだろうか。
自信はないが、そうすることが正解であって、それ以外に正解はほとんどないのだから、自分なりに意識を研ぎ澄ましていければと思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?