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未知とのソウグウ

その人は、まるで間違った駅に降り立った人のように、どことなく戸惑った所在無げな感じで、その錆びついた門のところに立っていた。
砂埃を含んだ風が木の葉を舞い上がらせ、質の良い柔らかそうなキャメル色のロングコートの裾が揺れていた。ゆったりとしたフードの毛皮が、彼女の白くほっそりした首すじを際立たせ、耳の下で軽く遊ぶ金色の髪を包んで、細かく震えていた。
妙に真っ赤な唇は何か言いたげに少し開かれ、細い鼻筋は大理石の彫像のように無機質で、切れ長のアーモンドアイの中の青い薄氷のような瞳がぼんやり浮かんでいた。
艶やかな焦げ茶色の皮のブーツも、赤い高価なボストンバックも、折れそうな細い指に引っかかって揺れている黒のサテンのバックも、なにもかも、この地にそぐっていなかった。
すべては、彼女の髪のはね具合まで、この土地で生み出されたものと異なっていた。
服の素材やデザインだけでなく、息づかいやまばたきの仕方、立ち方、カバンの持ち方も何もかも。彼女を取り巻く空気そのものが奇妙ですらあった。

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絵画と物語の始まりⅡ(藤田嗣治)


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