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パリ 25ans 15 juillet

15 juillet, 9 am au Sebastopol

素焼きのテラコッタタイルは、素足で歩くとひんやり冷たい。細長い廊下にいくつも扉があったが、しんとしていて、今はこの屋根裏部屋に誰もいないようだった。ベニヤ板でできたような薄い扉はギシッと音を立て、するりと隙間から入り扉を閉めると、狭い空間がさっきより親密な感じがした。イルカの絵がかかれた大きなクッションにもたれて座り、天窓から差し込む太陽の光はずいぶん高くなってきていて、ぼんやりしていると急に眠気がやってきた。クッションを横にしようと後ろに手を回したら、丸くてグレーのふわふわしたものに触れた。短い尻尾がついていて、ひっぱりだすと、バスケットボールくらいの大きさのトトロだった。

こんな屋根裏部屋で、懐かしいいきものを見つけて、胸がきゅっとなってトトロのぬいぐるみを抱きしめた。さっきまであった間違った場所にいて間違ったことをしているようなもやもやが、なぜかここにいていいのだという安心感に変わっていた。やわらかく丸いおなかと尻尾をなでていたら、いつの間にか眠ってしまった。

ティファールのお湯が沸く音がして目が覚めた。Yuanはこちらに背を向け座っていて、アラブ風のティーポットとカップが置かれていた。「おはよう」「気分はどう?」「ずいぶんましになった」「よかった、今ハーブティーいれるから」「ねえ、これトトロだよね?」「あ、見つけたんだ」「どうしたの?」「日本の友達が送ってくれたんだよ」「そうなんだ。かわいい」「カワイイ」日本語でそういうとにやっと笑いながら、さわやかな香りのするお茶をくれた。「このお茶おいしい」「Tilleulだよ、腹痛に効くみたい」「ティヨール?」ティーパックには緑色の葉が描かれていた。

「お茶ありがとう。そろそろメトロも動いてるし帰ろうかな」「もう?下でクロワッサンを買ってこようかと思ってんだけど」「あまり食べたくないかも、ちょっと熱っぽいし」「じゃあ、駅まで送るよ。」上着を返そうとしたら、「これ着て帰って」「でも・・」「また今度返してくれたらいいから」屋根裏部屋の階段を下て、屋根の上の窓からアパルトマンに入り、絨毯敷きの螺旋階段をおりて暗い石畳を抜け、重い扉を開けると、急に車や人の往来の賑やかな騒音がして、セバストポル大通りに出た。

メトロの入口のところまでほとんど話さずにきて、Yuanはもう我慢できないという感じで言った。「このまま握手して別れる?それともキスする?」「え?私が決めるの?」「そうだよ、君が決めるんだ」「じゃあ、ビズがいい」「どこに?おでこ?頬?口?」「頬?」というと、Yuanはがばっと不器用な少年みたいに私を抱きしめて、唇に限りなく近い頬にキスをした。



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