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パリ 25ans 14 juillet

14 juillet, 9am, Pont de Sevre

遠くから巨大な何かが、ガリガリと不思議な音を立ててやってくる夢を見て、目が覚めた。ぼんやりとしながら体を起こしても、その音は続いていた。

窓の外を見ると、セーヌ川にかかるセーブル橋を、迷彩色の戦車が列を成して渡っていた。ベルサイユ近くにある軍の基地からシャンゼリゼのパレードに向かっているのだろう。時計を見ると9時を少し回っていた。

シャワーを浴びて、コーヒーを入れて、少し残っていたクッキーをかじった。パレードは10時ごろから始まる。「絶対電話して」昨日手渡された紙を思い出し、ポケットを探すと、映画の半券にマジックで書かれた番号が出てきた。

ちょっと考えて、一度かけるだけかけてみようと、番号を押した。プー プーと呼び出し音が鳴り、5回鳴ったところで切った。シャンゼリゼ周辺はすでにすごい人で身動きも取れない状態かもしれない。窓を開けて気持ちよい風を感じ、淹れたてのコーヒーを飲みながら、お気に入りの曲を聴いているほうがいいかも。ふたたび眠気がやってきて、ベッドでうとうとしていると、電話が鳴った。

「もしもし」

「リコ?Yuanだよ、電話くれた?今どこ?」飛行機の騒音とマーチングバンドや人の声に混じって、早口のフランス語が聞こえた。「Yuan?番号なんでわかったの?電話したけど、、」「パレードは?」「今からだともう間に合わないかな」「花火は見る?」「え?」「夜の花火」「花火は近くのParc de St-Cloudから見ようと思って」「どこそれ?」「Parc de St-Cloud, 9番線の終点から橋を渡ったところにある公園」誰かが誰かを呼ぶ大きな声と雑踏、馬の蹄の音がした。「、、、また電話するから!」そういって切れた。

黒い受話器をガチャリと置く。パリで生活をはじめたときから携帯も持っていないし、この電話には留守電もついていない。普段は学校に行けば誰かに会えるし、夜はたいがい家にいるので、かかってきた電話は取れる。会える人とは会える、会えない人とは会えない、それで十分だった。

お腹がすいてきたので、買い物に出ることにする。部屋は郊外型の近代的なマンションの7階にある小さなステュディオ。シャワーとトイレと4畳半くらいのキッチン付ベッドルーム。ほとんど台所に寝ているような部屋。それでも7階の窓からはセーヌ河が少しと、対岸に広がるムリノー地区とサンクルー公園の緑がきれいにみえる。河の中州には、ルノーの廃工場があり最初は不気味だったけど、見慣れてくると、古代遺跡のような趣さえ感じられた。

エレベーターを降りて、エントランスを出ると、すぐスーパーがある。プラムを三つほどと、クルジェットとナスとトマトとピーマンと、一つ一つ量り売りで買えるので、あまり買い置きをしなくなった。玉ねぎは家にあったので、ラタトゥイユをつくろう。アルコールは弱いけど、最近パナシェというビールをレモネードで割った飲み物を知り、休みの日の午後にぴったりな気がしてつい6本入りを買ってしまう。近くのパン屋さんでドゥミバケットとおやつにレモン味のカスタードフランを1つ。

初夏の陽の光を浴びて、子供たちがボール遊びするエントランスを、買い物袋を提げてぶらぶら歩く。私はここの住人ではあるけれど、次の授業をとって更新しなければ滞在許可書はあと数ヶ月で切れる。それでも、今は何の予定もなく、誰にも縛られず、何者でもなく、ただここにいることが許されている。

パナシェを飲みながら、ラタトゥイユを作り、バゲットにバターをたっぷりぬってチーズを乗せる。コーヒーを入れ、フランを食べる。お腹がいっぱいになって、またうとうととしていたら、電話が鳴った。外はすっかり暗くなって、窓からは夜風が入ってきていた。






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