マガジンのカバー画像

so rainy, she tells more

16
腎臓がん疑いで抗がん剤治療を続けています。 創作を交えて記録を残していこうと思っていましたが、予想よりも抗がん剤投与の回数が多く単調な日常(たまに副作用で弱っていますが)の繰り返… もっと読む
運営しているクリエイター

記事一覧

16. we're sleepy on a rainy day

 雨の中、彼の車で病院へ。受付開始前に着き、いつも通り順番に椅子に座って待つ。彼は少し離れた付き添い者席に、畳んだ二本の傘を持って座っている。今日は中央処置室からCT室の指示だった。  前回、軽度の合併症が出たとの問診票に中央処置室の看護師さんたちがざわついていた。 「今日は太めの針を入れますよ。大丈夫ですか」 「怖いです」 「緊張しますよね」  前回はどうだったのか、先生はなんと言っていたのか詳しく聞かれる。先日の血液検査で腎臓の値は問題がなく、予定通りアレルギーを抑える薬

15. maybe it will be okay

 入院前にカラーリングとカットをしてもらったヘアサロンでも無料でいいと言われ、引っ越しのときにお世話になった花屋さんは結婚のお祝いにと、お話をしながら拵えていた花束をさりげなく渡してくれた。私は一度辞退したり恐縮しまくったりしたのだけれど、彼の凜とした姿勢を思い出すと恥ずかしくなる。  先日は花屋さんはお休みだったので、また切花を選びに行きたいし、短くした髪は伸びるのが早く感じるので、またカットにも行きたかった。 「俺も同じ日にカットしたいから、予約してくれるかな」  彼と相

14. already know it

 彼の両親の家ではなく、彼の部屋で暮らすという選択肢。さらに、家族で暮らすには不便な立地だから、と聖サリエル病院へのバス路線沿い、スーパーマーケットの近く、この町にもアクセスしやすい場所。私と猫さんがいいとさえ言えば、そんな場所に会社ごと引っ越したいという彼。 「ムービンゆうた? うち、ほんに詳しいから、おせたげる。ムービンゆうのは、うっとこが変わることー。カリカリやらなんやらくれる人間が変わることー。ほんまは、やらこいのばかりもらえるようになることー」  柔らかいのばかりも

13. my heart is too tired

 熱が上がらないうちに朝の砂浜へ。多くの人が犬を連れて散歩している。線が入った丸い石を見つけてポケットにしまう。海と山しかないようでいて、大切な場所ばかりの町。彼の両親の家で暮らすようになっても遊びに来られる距離だけれど、歩いて行けるビーチはない。  確かに、二つの部屋を行き来させ家事を任せていては彼の負担が大きすぎる。彼の両親の温かい家で過ごしたいという欲求もあるけれど、何もかも違う環境でやっていける自信はない。彼にしても彼の両親にしても、いつまで私を受け入れ続けてくれるの

12. should i stay in this town

 二回目のキイトルーダ投与を挟み、発熱は二十五日間も続いた。  三週間後のキイトルーダ点滴の日も朝は平熱だった。時間をかけて朝食を摂り家を出る。ドラッグストアの通りのバス停から逗子駅まで。JRで逗子から横浜。それからまたバスに乗り病院へ向かう。採血をしてから化学療法外来へという指示だった。恐る恐る中央処置室に診察券を出す。しばらくすると名前を呼ばれた。 「今日は中央採血室になってますよ」  すぐ隣の中央採血室に診察券を挟んだクリアファイルを提出し直す。今後は血液培養採血になる

11. sleep, sleep and sleep

 ひさしぶりなことになるのんは、たいがいにしとき、と彼女は言った。毎日一個の猫缶を空けていたらしいので怒ってはいないと思う。もう居なくなりたくなんてないけれど、まだ今後手術で入院する可能性がある。私が居ないときは彼が柔らかいのをたくさんくれる、と覚えてくれたら少しは楽しく待っていてくれるかもしれない。  家に着いて猫さんと遊んでから次にしたことは爪切りだった。看護師さんに頼んだら貸してもらえたかもしれないけれど、爪切りを持っていくのを忘れていたので一度も切っていなかった。それ

10. where's he now?

 中川さん、とカーテンの向こうから声がする。はい、と返事をするとカーテンが開き「採血しますねー」と笑顔の看護師さんが入ってきた。  二日目に投与されたキイトルーダと毎日のインライタの副作用は、軽い蕁麻疹が出ている程度だった。昨日もうひとりの担当医の吉田先生の往診があったとき、看護師さんたちにしていたように元気さを訴えると、明後日の採血の結果次第で退院できると言われた。家の猫さんの具合が悪いからどうしても早く帰りたい、と頼み込んで次の日に採血してもらえることになった。その採血準

9. to this little you

 よく塗り込んでおいてくださいね、ともうひとりの先生は言った。毎朝晩の食後に服用するインライタの副作用で、手足が乾燥し皮膚がぼろぼろになるらしい。処方された保湿剤を手指と踵に塗ってみてから、入院用に買ったスリッポンを履いて洗面所に向かう。薬を塗ったばかりの手だけれど足の裏を触ったままにしておけない。病院のハンドソープは慣れない合成的な香りがする。香りが消えるまで流水でよく洗い流す。猫さんのいない真っ白いベッドに戻る。  とうとう点滴の準備が始まった。体温計を脇に挟んだまま血中

8. blue 10 minutes

 早めに家を出て大好きなカフェのお菓子を買いに行く。病院の敷地内に入るとハナミズキの下のベンチが空いていた。前に座ったときと同じように二本のハナミズキが木陰を作っている。スーツケースを持ってきてくれた彼と一緒に腰を下ろす。カフェにはリネンに包まれた焼き菓子が売られていた。赤いギンガムチェックの包みと、クレヨンで描かれたようなフランス語のプリントの包み。古い木のベンチの上でフランス語の包みを解く。中からクッキーやメレンゲ、先日食べたガレット・ブルトンヌと、もう一種類のお菓子が顔

7. increase or decrease

 午前十時過ぎに病院に着く。とうとう治療の方針を決める日。泌尿器科で名前を呼ばれ、CT検査と骨シンチの結果を聞きに診察室へ。いつもと違い、というかとても大きな変化なのだけれど、夫になった彼が同席していた。変わらず「中川怜子(さとこ)さん」と呼ばれた私は、昨日から彼の妻だった。変わらないテンションの先生は、デスク上のスクリーンに私の骨の映像を映し出していた。 「骨に転移は見られませんでした。ただこれを見てください。小さくてわかりにくいですが、これですね。白い部分です。肺に小さな

6. it's soft stuff, right?

 早く寝付くことはできても、朝までに何度も目が覚めてしまう。中途覚醒が二週間くらい続いていた。昨夜も約二時間ずつしか眠れず、最終的に午前五時半に起き上がった。今日は日曜日。六時のアラームで起きた彼はシャワーを浴びているけれど、私は出かける前にしようと思う。朝はサラダとコーヒーだけにして、もう一度横になった。彼の実家に行ったのが木曜日。次の日に婚姻届を書留で送り、仕事から帰ってきた彼と一緒に母に連絡した。彼は電話を代わって母と妹と話してくれた。嫌がらず卒なく手続きや連絡をこなす

5. gonna be nice to you

 検査を受けるごとに、腹部の腫れと痛みが増す気がした。通院していても治療が始まったわけではないので当たり前かもしれない。今まで両手を当てて労っていた腫れが悪性腫瘍かもしれないと思っていることも、原因のひとつではないだろうか。座っていても痛くなることがあり、ベッドに横になって休むことが増えた。大切な体の一部、一緒に頑張っていこうと思っていた部分は、実は切除しなければ生死に関わるものなのかもしれない。それでもすぐに気もちは切り替わらず、今でも手を当て心の中で話しかける。胃さん、い

4. take a shower tomorrow

 骨シンチを受けに病院へ。毎回、総合受付の機械に診察券を通してから各科の受付に行くのだけれど、今日は別棟のRI検査室という部屋の前のベンチで待つ。男の人に呼ばれて処置室に進む。そこで先生が来るまでもう少し待った。腕の血管から薬品を入れると説明されて、テーブルの上に用意された大きな注射器をそっと見る。先生が来て向かいの回転椅子に座り、雑談をしながら処置が始まる。いつ終わるのかわからない注射に気が滅入りそうだったけれど、ほとんど痛みはなく一分くらいで薬品が入った。時間がかかりそう

3. i think a little

 今度はMRIをしましょう、と先生は言った。 「MRIですか? CTじゃなくて」 「MRIです」 「あの……小さいんですけどタトゥーが入ってて」 「あー入っちゃってるかー」  マスクで顔は隠れているけれど白髪が印象的な先生は意外とフランクだった。 「じゃあCTにしましょう」 「造影CTですか? 前に造影剤でアレルギーが出て」 「普通のCTでいいですよ」  最初はMRIと言っていたけれど。そう簡単に変えられるものなのか。  総合受付でも診察でも、前の病院で造影CT検査をしたとき