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100の質問 Day4 信じたいのに信じきれない――それならできることをして、ただひたすら待つ

仕事の前にサクッと書いてしまいたい・・・と思ったけど、やっぱり無理そうなのでお昼休みに時間を見つけて書こう・・・と思ったらもうあっという間に夜だ。『私らしくわがままに本当の幸せと出逢う100の質問』(河田真誠・著、A-Works発行)をヒントに答え続ける。今日は4日目。

Q4 違和感を感じていることはなんですか?

信じていれば叶う・・・わけではない? でも信じないと始まらない。信じた世界を叶える人と叶えられない人の差はどこにあるのか。信じることと叶えることをどうつなぐのか。叶えている人がいる中で、叶えられない自分に直面すると、何だかすごく寂しい気持ちになる。

でも本当は人と比べることじゃない。結局はタイミングじゃなかっただけ。タイミングは必要なときに訪れる。タイミングが来るまで信じ続けるか、信じるのをやめるか。やり続けるか、やめるか。ただそれだけ。そこが信じたい自分と、信じ切れていない自分自身のせめぎ合い。心に刺さる小さな棘のような違和感。

この世界に絶望的な闇を見るか、希望の光を見出だすかは自分次第。それは能天気に、見て見ぬふりをするということじゃなく、同じものを見ても、自分が読み取るのは真実。本質的な何か。日々模索する毎日に感じている、「信じて叶えること」にまつわる違和感を払拭したい。掌に乗せて、タンポポの綿毛のごとく、軽~くふっと吹き飛ばしたい。いつかきっとチャンスの到来に巡り合えると、今できることは自分を信じて尽くし続けること。

人と違う。その気づきの種は自分の中に

答えを書ききってから本文を読んだら、今日の質問の意図は「みんなと違うこと」という意味の「違和感」だった。それなら・・・

やっぱり小学校高学年~中学生ぐらいが「一緒」へのこだわりが強かったかな。はみ出したくない。友達と同じでいたい。だってはみ出せば目立つ。何を言われるかわからない。私らしくいたいのに、何度か無視や軽いいじめも経験して、堂々と振舞っているふりをしながら実はびくびくしていた。

でも中学3年生の夏に、ニュージーランドで3週間ホームステイをして、現地の高校生がのびのびと過ごし、時には同級生と本音で熱く議論する姿を目の当たりにして、何だか真面目にびくびくし過ぎる自分が馬鹿らしくなった。

そこから、私らしさと向き合う旅が始まる。今だって、人のことは気になる。すぐに比べてしまう自分がいる。その中でも「あぁ、私だ。自分だ」と何度も気付かされる。揺り戻される。否が応でも振り返りに直面する。

人を見て違和感があったら、その種は自分の中にある。感じた直感を活かせるかどうかは自分次第。大丈夫、みんな気づくまで、何度も同じハードルを無意識で自分に課すのだから。

どんな世界を信じるかも自分次第。信じた世界が目の前に展開する。だから、私は信じる。とことん。落ち込んでも、ダメな日があっても、信じたくなくなっても。何度となく復活する。しぶとく、しつこく、しなやかに。


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