3回目のパリ
21歳のときにはじめて訪れたパリは夏で、23時まで明るい空と貧乏旅行ならではの高揚感があった。
2回目のパリははじめての海外出張で、それはそれは贅沢な日々に、ふと疼いてしまう冒険心と背伸びの狭間をゆらゆらしていた。
3度目の正直とはよく言ったものだ。
行き当たりばったりでもなく、誰かの旅程に沿うでもない今回の旅。燃えるようなときめきはないけれど、ドラマチックとも呼べない事件と確信が残った。
これこそが正真正銘、“私のパリ旅行”なのかもしれない。そんな旅の話。
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今のパリはずいぶんと空気が悪い。「大気」という意味でも、それ以外でも。
工事ばかりの街には粉塵と、プラタナスの花粉が舞っている。街中に張り巡らされた工事のフェンスの隙間には、溢れかえる中国人とキックボードとクラクション。
3回目となればさすがにもう美しいパリを求めてはいないけれど、はじめてのパリに夫はくらった。
高いレストランも高級ブランドもなんだかしっくり来ないうちに、牡蠣に当ったのだ。
ツレもいないし、デモもあるし、空気もそんなに良くないパリをガツガツ巡る気にはならず、のんびりすごす。それが3回目のパリだった。
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寝込む夫のためにマルシェへ行きいちごを買う。
ついでに屋台でできたてのファラフェルサンドを頬張る。
立ち寄った本屋でかわいいレシピ本とペラペラのトートバッグを買う。
スーパーを周り、調味料や石けんを物色して、「14時になったら近づいちゃ行けないよ」という喧騒前のリパブリック広場を横目に、夜ごはんのお店の目星をつけるべく散策。
私と入れ違いで日本に上陸したという人気のパティスリーでティーとレモンタルトを頼んだら、ラテとレモンタルトが出てきた。
ホテルのレセプションに「ボンジュ」と声をかける。
「明日はナシオン駅で蚤の市があるよ」と教えてくれた。
部屋に戻り、窓を開け放して本を読む。
窓からは粉塵も花粉もデモも治安の悪さも感じないほど気持ちがいい色をした空がある。
パリに憧れてパリを訪れる男の子が主人公の物語は気分に合わなかったので、ビルバオが舞台のミステリー小説を開く。
小腹が空いてきたのでマルシェで買ったいちごを食べる。遠くでデモの喧騒が聞こえる気がした。
しばらくうとうとしていた気がしたけど、空は明るい。時計を見ると19:30。
暗くなると治安がいいとは言えない10区。早々に先の徘徊で目をつけていたレストランへ向かう。
途中には割られたバス停、燃やされたキックボード。
看板を「Ouvert」にしたばかりの店主の背中を追いかけて、小さな扉を開けると店主が振り返り「ボンジュ。エトゥセル?」と席に案内してくれる。
ラムのクスクスと赤ワインを頼み、セモリナ粉が蒸される香りにうっとりする。
たっぷりとしたボウルに大根や人参などとスパイスの効いたスープ、別皿でホロホロのラム肉とふっくら細かいクスクス。
具材をクスクスの皿に移しながら、スープをかけながら、途中重めの赤ワインを挟みながら無我夢中で食べる私を隣の家族がチラチラと見ていた。
夫は寝込んでる、外はデモ、世界平和なんて想像以上に難しいじゃないか。
そんなことを考えそうになったら、アリッサの刺激でごまかす。
ふはぁ〜!
絶対に食べれないと思った量をたいらげたときの満足感と言ったら。
さながら、「20世紀少年」の最後の中華料理店のようなオアシス感を感じ店を出る。
パリの20:00はまだ明るい。
「Franprix」で1664の500ml缶を買いホテルに戻る。
パリには350ml缶はないようだ。
サンマルタン運河沿いに若者たちが集いはじめてきた。
ひとり寝込んでいる夫の顔を見て、「明日はタルタルステーキ食べたいな」と不謹慎なことを思う。
さて、いちごをつまみにビールでも飲もう。パリの夜と上中下巻のミステリー小説の続きは長い。
3回目のパリ。
少しパリジェンヌに近づけた気がした1日の話。
だって、パリジェンヌはいつだってたくさん食べて、たくさん飲んで、そしてマイペースなものでしょう?
そうそう。パリジェンヌに大切なことがもうひとつ。「おしゃべり」。
満たされなかった「おしゃべり」をこうして今さら吐露している、そういうめんどくさいところもパリジェンヌぽくない?とさえ思うほどなのだ。
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